どうも、おはよう、こんにちは、こんばんわ、ミギーです。
以前このブログで、将棋界の伝説と謎になっているネット棋士「dcsyhi(デクシ)」について記事を書いたのですが、その後もたくさんのコメントやアクセスをいただいており、また将棋倶楽部24そのものにも大きな動きがありましたので、今回情報を大幅アップデートして「最新版」としてまとめ直すことにしました。


将棋倶楽部24とは、かつて存在したインターネット将棋対局サイトです。1998年に富士ゼロックスの社内ベンチャー事業としてサービスが始まり、2001年に有限会社化、2006年には将棋対局事業が日本将棋連盟に譲渡されました。会員数は2014年時点で30万人を突破し、サービス終了直前の2025年末には46万人にまで達していたという、日本最大級のネット将棋対局サイトでした。
そんな将棋倶楽部24の歴史の中でも、いまだに語り継がれる最大級の都市伝説が「dcsyhi(デクシ)」です。2002年末に忽然と現れ、当時としては前人未踏だったレーティング3003という驚異的な記録を叩き出しながら、その正体を一切明かさぬまま姿を消したこの人物は、漫画『ヒカルの碁』に登場する謎のネット棋士「サイ」になぞらえられ、20年以上経った今でも将棋ファンの間で語り継がれています。
今回は、このデクシにまつわる情報を最新のものに更新し、当時のログや棋譜、専門記者による検証記事なども交えながら、約3万字というボリュームで徹底的にまとめ直してみました。将棋にあまり詳しくない方でもわかるように、なるべく平易な言葉で解説していきますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
- 目次
- 第1章:将棋倶楽部24とはどんなサイトだったのか
- 第2章:デクシ、突如として現れる(2002年末)
- 第3章:レーティング3003という前人未踏の記録
- 第4章:デクシの棋風はどんなものだったのか
- 第5章:なぜ「AIの可能性はゼロ」と言えるのか
- 第6章:正体候補①:渡辺明・佐藤天彦とのやりとりから見えるもの
- 第7章:正体候補②:森内俊之説の検証
- 第8章:正体候補③:羽生善治説の検証
- 第9章:アリバイ検証というアプローチ――対局時間の照合
- 第10章:似たケース「itumon=屋敷九段説」との比較
- 第11章:メディアで語られたデクシ伝説
- 第12章:将棋倶楽部24、2025年末でサービス終了
- 第13章:今も残るデクシの棋譜・資料
- 第14章:まとめ:デクシは今も将棋界の「都市伝説」であり続ける
- 将棋の関連記事の紹介
目次
- 将棋倶楽部24とはどんなサイトだったのか
- デクシ、突如として現れる(2002年末)
- レーティング3003という前人未踏の記録
- デクシの棋風はどんなものだったのか
- なぜ「AIの可能性はゼロ」と言えるのか
- 正体候補①:渡辺明・佐藤天彦とのやりとりから見えるもの
- 正体候補②:森内俊之説の検証
- 正体候補③:羽生善治説の検証
- アリバイ検証というアプローチ――対局時間の照合
- 似たケース「itumon=屋敷九段説」との比較
- メディアで語られたデクシ伝説
- 将棋倶楽部24、2025年末でサービス終了
- 今も残るデクシの棋譜・資料
- まとめ:デクシは今も将棋界の「都市伝説」であり続ける
第1章:将棋倶楽部24とはどんなサイトだったのか
デクシの物語を語る前に、まず舞台となった「将棋倶楽部24」について簡単に説明しておきます。
将棋倶楽部24は、インターネット上でリアルタイムに将棋の対局ができる無料サイトとして、1998年に富士ゼロックス(現・富士フイルムビジネスイノベーション)の社内ベンチャー事業としてサービスが始まりました。2001年には有限会社として独立し、2006年11月には将棋対局事業が日本将棋連盟に譲渡され、運営自体は有限会社将棋倶楽部24が委託される形で続けられてきました。
このサイトの最大の特徴は、対局結果によって上下する「レーティング」という数値によって、客観的に実力を可視化できる点にありました。勝てば上がり、負ければ下がる、いわゆる簡略化されたイロレーティングという仕組みです。ハンドルネームによる匿名性もあり、プロ棋士や奨励会員(プロ棋士を目指す修行中の棋士)、そして全国レベルのアマチュア強豪たちが、正体を隠したまま日々腕を磨いていた場所でもありました。
当時、将棋倶楽部24における段位認定の厳しさは有名で、「初段でも町の将棋道場の三段くらいの実力に相当する」と言われるほどでした。かつて永世棋聖の米長邦雄氏が、このサイトのシステムを利用して自ら指導対局を行い、免状を発行するという企画を行っていたこともあり、それが当時の段級比較の目安になっていたほどです。実際、2013年以降は将棋倶楽部24で5級以上になった会員は、そのまま日本将棋連盟のアマチュア段級位として認定を受けられる制度も整えられていました。
つまり将棋倶楽部24は、単なる「暇つぶしのネットゲーム」ではなく、プロも本気で腕を磨く真剣勝負の場だったということです。だからこそ、そこに突如として現れた「規格外の強さを持つ謎のアカウント」の存在は、単なる噂話では終わらない衝撃を将棋界にもたらしました。それがdcsyhi、通称「デクシ」です。
第2章:デクシ、突如として現れる(2002年末)
将棋界の記録によれば、2002年の年末頃、将棋倶楽部24に「dcsyhi」と名乗るアカウントが登場しました。
このハンドルネームをどう読むのが正しいのか、実は本人以外誰にもわかりません。しかし当時のサイト管理人が「デクシハイ」、略して「デクシ」と読んだことから、ネット上でもその呼び方が定着し、以後20年以上にわたって「デクシ」の名で語り継がれることになります。
登場当初から、その強さは尋常ではありませんでした。当時の将棋倶楽部24では、レーティング2800点台がまさに最高クラスであり、そこにいるのはプロ棋士、奨励会員、そして特別に実力のあるトップアマチュアだけという状況でした。そんな猛者たちを相手に、デクシは勝ちに勝ちを重ねていきます。
たまに操作ミスや時間切れで負けることはあったものの、その実力は誰の目にも明らかで、対局のたびにレーティングを右肩上がりに伸ばし続けていきました。当時の対局は、勝てば+1〜7点、負ければ-25〜-31点というポイント配分が一般的だったとされており、この配分だけを見ても、デクシがいかに勝ち続けていたかがよくわかります。
やがて「デクシの対局を一目見よう」と、多くのユーザーが更新ボタンを連打するようになり、サーバーが重くなるという事態まで発生しました。運営側もこれを受けて何らかの対策を講じたと言われています。今で言えば、人気配信者の生配信にアクセスが集中してサーバーが落ちる、あのような現象がネット将棋の世界でも起きていたわけです。
こうしてデクシは、将棋倶楽部24というコミュニティの中で、あっという間に「伝説」と呼ぶべき存在になっていきました。
第3章:レーティング3003という前人未踏の記録
デクシの強さを語る上で欠かせないのが、具体的な数字としての「レーティング3003」という記録です。
将棋倶楽部24の公式記録によれば、デクシは2004年6月5日、レーティング3003という当時としては前人未踏の数値を達成しています。これは同サイトにおける「24最高R保持者(最高Rを更新されるまで『最強』の称号が与えられる)」の記録として、公式に残っているものです。
参考までに、この記録がその後どのように更新されていったかを見てみましょう。
| 更新日 | レーティング | ハンドルネーム |
|---|---|---|
| 2004年6月5日 | 3003 | dcsyhi(デクシ) |
| 2005年6月29日 | 3010 | Aug 02 |
| 2005年9月14日 | 3035 | Jyuhappo |
| 2006年9月23日 | 3064 | aoba81 |
| 2007年2月7日 | 3084 | sakitama |
| 2008年2月13日 | 3093 | Aleksandros |
| 2008年9月28日 | 3113 | H-Paris |
このように、デクシの記録自体はその後何人かのユーザーによって塗り替えられていきます。しかし重要なのは、後年に記録を更新した人々の多くは「誰なのか」がある程度知られている、あるいは長期間にわたって指し続けた結果として記録を達成しているケースが多いのに対し、デクシはごく短期間で圧倒的な強さを見せつけ、しかも正体を一切明かさないまま姿を消したという「特異性」にあります。
当時のトップアマチュアのレーティングが2500〜2600程度だったことを考えると、3003という数字がどれほど突出していたかがわかります。しかも当時はまだ将棋ソフト(コンピューター将棋)が人間のトッププロに勝てるレベルには到底達していない時代でした。つまり、これほどの強さを見せる存在は「人間」であり、それも並のアマチュアではなく、プロ棋士、それも当時のトップクラスのプロである可能性が極めて高い、という推測が自然と生まれていったのです。
第4章:デクシの棋風はどんなものだったのか
デクシの強さを語る際、もう一つ重要な要素が「棋風(指し方の特徴)」です。
デクシは特定の戦法に偏ることなく、振り飛車、急戦、相居飛車など、当時の最新の定跡・戦法を幅広く指しこなす「オールラウンダー」だったとされています。さらに、定跡から外れた変化にも柔軟に対応し、中盤・終盤いずれの局面でも無類の強さを発揮していたと語り継がれています。
具体的な戦型としては、横歩取りや角換わり、右玉といった、当時流行の最先端にあった戦法を積極的に採用していたことが、現存する棋譜からも確認できます。実際にデクシの棋譜を分析した将棋ファンによるブログ記事では、先手番でデクシが「角換わり右玉」から積極的に攻める将棋を指し、寄せにやや緩手はあったものの勝利を収めた一局が紹介されており、現代でも十分に参考になる指し回しだったと評価されています。
また、当時のプロ棋士自身がデクシの実力について言及することもあったようで、将棋専門誌『将棋世界』の対談企画において、プロ棋士をして思わず「神」と呼ばせるほどの存在だったというエピソードも残されています。ヒカルの碁のサイのような存在に例えられるのも、決して大げさな表現ではなかったということでしょう。
さらに興味深いのは、デクシの「活動パターン」についての証言です。当時デクシを観察していたユーザーのブログによれば、デクシは夜10時頃にふらっと現れ、2局ほど指したらまた去っていく、という行動パターンを繰り返していたとされています。この「決まった時間帯にだけ現れる」という特徴も、後の正体考察において重要な手がかりの一つとして扱われることになります。
第5章:なぜ「AIの可能性はゼロ」と言えるのか
現代の感覚だと、「強すぎるアカウント=AI(将棋ソフト)を使っているのでは?」と考える方も多いかもしれません。しかし、デクシが登場した2002〜2004年当時の状況を考えると、この可能性はほぼゼロだったと言えます。
将棋の世界でコンピューターがトッププロを上回るレベルに到達したのは、一般的には2010年代半ば以降と言われています。象徴的な出来事として、2013年から2017年にかけて行われた「電王戦」などのプロ棋士対コンピューターソフトの対局企画がありますが、この頃になってようやく将棋ソフトがトッププロに互角以上に渡り合えるようになってきた、というのが将棋界の共通認識です。
つまり、デクシが活動していた2002〜2004年の時点では、将棋ソフトはまだアマチュア上級者レベルにすら到達していないというのが実情でした。この時代背景を踏まえると、「デクシ=人間」という前提はほぼ確実であり、だからこそ「これほど強い人間は誰なのか」という正体探しが、当時の将棋ファンの間で大きな話題になったわけです。
当時ちょうど漫画『ヒカルの碁』が大ブームになっていたこともあり、「本因坊算砂(安土桃山〜江戸初期の伝説的な棋士)や天野宗歩(幕末の名棋士)の霊がネット将棋を指しているのではないか」という、半ば冗談交じりの噂まで流れていたというのも、当時の熱狂ぶりをよく表しています。
第6章:正体候補①:渡辺明・佐藤天彦とのやりとりから見えるもの
デクシの正体を探る上で貴重な手がかりとなっているのが、当時の将棋倶楽部24上でのユーザー同士のやりとりのログです。
まず前提として、当時「tamionihonkai」というハンドルネームのアカウントが、後の永世竜王・渡辺明九段本人であったことが判明しています。これは漫画『将棋の渡辺くん』(渡辺九段の奥様による人気コミックエッセイ)の中でも言及されている事実です。同様に「BattleshipYamato」というハンドルネームのアカウントも、後の名人・佐藤天彦九段であったことが分かっています。渡辺九段と佐藤天彦九段は、このネット将棋を通じて親交を深めたというエピソードも伝わっています。
そして、このtamionihonkai(渡辺明九段)に対しても、デクシは大きく勝ち越していたとされています。当時の渡辺九段はまだ10代でしたが、2003年、19歳の時にはすでに王座戦の挑戦者になるほどの実力者でした。そんな渡辺九段を相手に勝ち越していたという事実だけでも、デクシの強さがどれほど突出していたかがうかがえます。
さらに興味深いのは、tamionihonkaiとBattleshipYamatoの二人が、実際にデクシについて交わしていた会話のログです。要約すると、片方が「相合い振り飛車もやるということは、羽生先生か……」と発言したのに対し、もう片方が「森内だな……」と返す、というやりとりが記録されています。さらに「デクシに予習なしで横歩取りを仕掛けるのは生意気だった」「ひどかったね」というようなやりとりも残っており、当時の一流棋士候補生たちの間でも、デクシの正体について本気で議論が交わされていたことがわかります。
この会話からは、当時のトップ棋士たちの間でもデクシ=羽生善治説、あるいはデクシ=森内俊之説が有力視されていたことがうかがえます。次の章から、それぞれの説を詳しく見ていきましょう。
第7章:正体候補②:森内俊之説の検証
デクシの正体候補として、かつて有力視されていたのが森内俊之九段です。
森内九段は、当時竜王・名人・王将の三冠を保持していたトップ棋士であり、永世名人の資格を持つ大棋士です。鉄板流と称される堅実な指し回しで知られ、羽生善治九段の最大のライバルとも言われた存在です。デクシが幅広い戦型をこなすオールラウンダーだったこと、そして終盤の強さが際立っていたことなどから、森内九段の棋風との共通点を指摘する声が当時からありました。
しかし、この森内説には後年、大きな疑問符がつくことになります。というのも、デクシの対局記録と森内九段の公式対局スケジュールを照らし合わせる検証が行われた結果、両者が同じ時間帯に別々の場所で活動していたと考えられる事例が見つかったためです。具体的には、ある日、森内九段が公式のタイトル戦挑戦者決定戦(対 木村一基九段)を19時52分に終局させていたにもかかわらず、その9分後にあたる20時3分に、デクシが将棋倶楽部24で別の対局を行っていた記録が残っているというのです。
タイトル戦の対局終了直後には、感想戦(対局後の振り返り)や記者からのインタビューなどが行われるのが通例であり、終局からわずか9分後にネット将棋を指し始めるというのは、現実的に考えて極めて困難です。この検証結果により、「デクシ=森内俊之説」の可能性は大きく後退することになりました。
なお余談ですが、森内九段は近年YouTubeで「森内チャンネル」を開設しており、将棋ウォーズ(現代のスマホ将棋アプリ)で対局する様子なども公開しています。その動画を見る限り、パソコン操作にはやや不慣れな印象を受けるという指摘も一部ファンの間ではされていますが、これはあくまで参考程度の情報として捉えておくのがよいでしょう。
第8章:正体候補③:羽生善治説の検証
森内説と並んで、いや、それ以上に有力視されてきたのが「デクシ=羽生善治説」です。
当時、将棋界でこれほどまでに圧倒的な存在感を持つ棋士は、羽生善治九段をおいて他にいない、というのが多くの将棋ファンの共通認識でした。デクシの強さの噂が広がるにつれて、誰もが自然と羽生九段の名前を思い浮かべた、というのも無理のない話です。
この説を裏付けるアプローチとして行われたのが、「アリバイ検証」です。当時、将棋倶楽部24では対局の棋譜が公開されていたため、デクシの対局日時と、プロ棋士の公式スケジュール(対局日程やイベント出演日程)を照らし合わせることで、ある程度の絞り込みが可能でした。
具体的な検証方法としては、まずデクシほどの強さを持つ人物であれば、トッププロクラスか、当時勢いのあった若手有望株に候補を絞ることができます。そこから、デクシが将棋倶楽部24で対局していた時間帯に、現実世界で別の予定(公式対局やイベント出演など)が入っていた棋士を一人ずつ除外していく、という地道な作業が行われました。
その結果として浮かび上がってきたのが「羽生善治」という一つの名前だったと、当時この検証を行ったライターは述べています。デクシは、まるで羽生九段の公式対局やイベント出演の合間を縫うようにして将棋倶楽部24に現れていた、というのです。
さらに、これとは別の観点からの検証結果として、「羽生先生の対局日でもデクシは対局しているが、羽生先生の実際の対局時間内には対局していない」という証言も残されています。つまり、羽生九段が対局していないタイミングにだけ、デクシが将棋倶楽部24に現れていたということであり、これは矛盾なく成立する状況証拠と言えます。
もちろん、これらはあくまで状況証拠に基づく推測であり、確定的な証拠ではありません。しかし、当時ネット上で交わされた多くの議論の中でも、「デクシ=羽生善治説」が最も説得力のある仮説として語られ続けてきたのは事実です。実際に、Twitter(現X)上でも「デクシの正体は羽生善治九段である可能性が限りなく高い」とし、「dcsyhi」という文字列自体には特別な意味はなく、羽生九段の人柄に言及する考察(いわゆる「真部説」)が当を得ているという指摘や、棋風が2000年代前半の羽生九段のそれを彷彿とさせるという指摘も、将棋ファンの間でなされています。
第9章:アリバイ検証というアプローチ――対局時間の照合
前章で触れた「アリバイ検証」という手法について、もう少し詳しく見ておきましょう。
この検証の面白さは、シンプルな物理法則に基づいている点にあります。すなわち「人間は同時に二つの場所に存在することはできない」という、当たり前だけれど動かしようのない事実です。デクシが将棋倶楽部24で対局している時間、現実世界のどこか別の場所で別の活動をしていたことが確認できる人物は、論理的にデクシではあり得ません。
この手法自体は非常に有効ですが、一方で限界も指摘されています。というのも、当時から将棋倶楽部24では棋譜が公開されていたため、プロ棋士の対局日程とデクシの対局記録を照らし合わせることは、原理的には誰にでも可能でした。つまり、もし仮に正体を隠したい棋士本人がこの検証方法の存在を知っていた場合、あえて自身の対局スケジュールと矛盾しないタイミングだけを選んでネット対局を行うことで、意図的に「アリバイ」を作ることも不可能ではない、という指摘です。
この点については、後の章で紹介する「itumon=屋敷九段説」でも似たような議論が展開されており、共謀者(友人や家族、周囲の関係者)がいれば、証拠の“捏造”に近いことも決して不可能ではない、という冷静な視点も併せて語られています。将棋のプロ棋士は、まさに「先を読む」ことに長けたプロフェッショナルですから、このような可能性を頭ごなしに否定することはできない、というわけです。
とはいえ、これらはあくまで「可能性としてゼロではない」という話であり、実際にそこまで手の込んだ工作が行われていたと積極的に主張する材料があるわけではありません。あくまで、真相究明の難しさを物語るエピソードの一つとして捉えるのが妥当でしょう。
第10章:似たケース「itumon=屋敷九段説」との比較
デクシの正体探しと非常によく似た構造を持つ都市伝説として、Twitter(現X)上でかつて話題になった「itumon=屋敷九段説」があります。
itumonというのは、将棋についてやたらと詳しい発言を繰り返すTwitterアカウントで、その知識量と分析の鋭さから、ネット上では「これは屋敷伸之九段本人ではないか」と噂されるようになりました。この説が浮上した根拠は、屋敷九段が実際に公式戦の対局を行っている時間帯には、itumonが一切ツイートしていなかったという「不在の一致」でした。本人の対局日にネット上で一切姿を見せないというのは、物理的な状況証拠として非常に説得力があり、この説は一時期かなり信ぴょう性の高いものとして扱われていました。
ところが、この説が広まった後、屋敷九段の対局中にitumonがツイートするという“予想外の出来事”が起きてしまいます。これにより「itumon=屋敷九段説」は一気に覆されることになりました。
もっとも、この一件についても「本人が正体を隠すために、あえてそのタイミングでツイートしたのではないか」「友人や配偶者、周囲の棋士仲間に頼んで、その時間帯だけ代理でツイートしてもらっていたのではないか」という、さらに踏み込んだ憶測も一部ファンの間では語られました。真相は結局のところ、はっきりしないまま現在に至っています。
このitumon=屋敷説とデクシ=羽生説(あるいは森内説)は、いずれも「対局時間とネット上の活動時間の不一致・一致」という同じロジックで検証が試みられてきたという点で、非常に似た構造を持つ都市伝説だと言えます。将棋界というのは、こうした「正体不明の強者」をめぐる推理合戦が定期的に発生する、独特の文化を持ったコミュニティなのかもしれません。
第11章:メディアで語られたデクシ伝説
デクシの都市伝説は、将棋ファンの間だけでなく、一般のメディアでも取り上げられたことがあります。
代表的なものとして、テレビの人気都市伝説特番『やりすぎ都市伝説』において、タレントのつるの剛士さんがデクシについて言及し、それをきっかけに将棋にあまり詳しくない層にまでこの話題が広がった、という経緯があります。将棋界という比較的専門性の高いコミュニティの中で語り継がれてきた噂話が、こうして一般のバラエティ番組でも取り上げられるようになったこと自体、デクシという存在の持つ「都市伝説力」の強さを物語っていると言えるでしょう。
また、将棋の対局中継や解説の場でも、ベテランの実況者や解説者がふとした拍子に「デクシ」というワードに言及することがあり、視聴者から「デクシって誰?」という質問がSNS上で相次ぐ、という現象も度々起きています。今回の記事の冒頭でミギー自身が「藤井聡太先生の解説を見ていてデクシという名前が出てきた」というエピソードを紹介しましたが、これはまさにその典型例と言えるでしょう。
さらに、フリーの将棋ライターであり中継記者としても著名な人物による署名記事でも、将棋倶楽部24のサービス終了のニュースにあわせて、改めてデクシの伝説が振り返られています。こうした専門ライターによる検証記事の存在は、デクシという都市伝説が単なる「ネットの噂話」ではなく、将棋というジャンルの歴史の一部としてきちんと記録され、語り継がれるべき出来事として認識されていることの証でもあります。
第12章:将棋倶楽部24、2025年末でサービス終了
さて、ここからが今回の記事で最もお伝えしたかった「最新ニュース」です。
デクシの伝説の舞台となった将棋倶楽部24そのものが、2025年末をもってサービスを終了しました。1998年のサービス開始から、実に27年間もの長きにわたり運営されてきた老舗のネット将棋サイトが、ついにその歴史に幕を下ろしたことになります。
サービス終了直前の会員数は約46万人に達していたとされており、多くの将棋ファンにとって思い出深い場所だったことがうかがえます。長年、プロ棋士から初心者まで幅広い層が腕を磨いてきたこの場所は、将棋ウォーズや将棋クエストといった後発のスマホ対応対局アプリの台頭もあり、時代の変化とともにその役割を終えることになりました。
このニュースに合わせて、複数の将棋メディアやフリーライターによって、改めてデクシの伝説が振り返られる記事が公開されました。将棋倶楽部24というプラットフォームがなくなってしまう今だからこそ、あの当時の記録や記憶を、きちんと言葉として残しておく意義があるという趣旨の記事も見受けられます。今回の記事も、そうした流れを受けて情報をアップデートし、より詳しくまとめ直したものです。
将棋倶楽部24自体はサービスを終了しましたが、幸いなことに、当時のデクシの対局記録(棋譜)の一部は、有志のファンによって既に保存・公開されており、現在でも閲覧することが可能です。次の章で詳しくご紹介します。
第13章:今も残るデクシの棋譜・資料
将棋倶楽部24のサービス自体は終了してしまいましたが、幸いなことにデクシの棋譜は、いくつかの有志サイトによって保存され、今でも見ることができます。
最も有名なものの一つが「デクシ伝説の棋譜」というファンサイトです。このサイトでは、デクシの通算成績として「168勝39敗1分」という具体的な数字とともに、当時の対局を棋譜として保存・公開しています。運営者自身が「最近は24に現れないようなのでもっと早くに棋譜の保存をしておくべきだった」と後悔のコメントを残しているあたりからも、当時のファンがどれほどデクシの対局を貴重なものとして捉えていたかがうかがえます。
保存されている棋譜には、たとえば「▲kart racer △dcsyhi」「▲dcsyhi △I-houshin」「▲zenryu △dcsyhi」といった、当時対局した相手のハンドルネームとあわせて、対局日時まで詳細に記録されているものもあります。2003年8月から12月にかけての対局や、2004年1月から6月にかけての対局が中心に保存されていますが、2003年4月から11月にかけての一部棋譜は現在も欠落しており、運営者が「お持ちの方がいれば送ってほしい」と呼びかけているのも興味深いポイントです。
また、YouTube上にも「デクシの将棋」と題して、当時の棋譜を実際の盤面で並べ直した解説動画がいくつか投稿されています。たとえば2003年2月16日に指された「▲dcsyhi △tamionihonkai」の一局(横歩取り△3三角型の戦型)などが紹介されており、当時のリアルな対局の空気感を今でも追体験することができます。
さらに、将棋ブログ「右玉NOW」では、デクシが指した角換わり右玉の一局が詳しく分析されており、現代の右玉党にとっても十分参考になる指し回しだと評価されています。オールラウンダーとして知られるデクシですが、当時流行しつつあった右玉のような戦法にも柔軟に対応していたことが、こうした資料からも裏付けられます。
将棋倶楽部24というプラットフォーム自体は失われてしまいましたが、こうした有志の手による記録のおかげで、デクシという伝説の存在は、これからも語り継がれ続けていくことでしょう。
daisei-shogi.net/dcshyi/t-club.html
第14章:まとめ:デクシは今も将棋界の「都市伝説」であり続ける
ここまで、伝説のネット棋士デクシ(dcsyhi)について、最新情報を交えながら詳しく見てきました。改めてポイントを整理してみましょう。
- デクシは2002年末、将棋倶楽部24に突如として現れた正体不明のアカウントである
- 2004年6月5日、当時前人未踏だったレーティング3003という記録を達成した
- 戦型を問わないオールラウンダーで、横歩取り・角換わり右玉など当時最新の戦法を幅広くこなしていた
- 当時の技術水準を考えると、将棋ソフト(AI)による操作の可能性はほぼゼロと考えられている
- 正体候補として森内俊之九段、羽生善治九段の名前が挙がったが、対局時間の照合(アリバイ検証)により森内説はほぼ否定され、羽生説が最も有力視されている
- ただし、いずれの説も状況証拠に基づく推測の域を出ておらず、確定的な証拠は存在しない
- 渡辺明九段(tamionihonkai)や佐藤天彦九段(BattleshipYamato)とのやりとりのログからも、当時の若手強豪たちがデクシの正体を真剣に議論していたことがわかる
- 似たケースとして「itumon=屋敷九段説」があり、対局時間との照合というアプローチの限界も指摘されている
- テレビ番組『やりすぎ都市伝説』などでも取り上げられ、一般層にも認知が広がった
- 舞台となった将棋倶楽部24自体は2025年末でサービスを終了し、27年の歴史に幕を下ろした
- デクシの棋譜自体は有志によって現在も保存・公開されており、今でも閲覧可能である
結局のところ、デクシの正体は今もって公式には明らかになっていません。もしかすると、これから先も永遠に謎のままなのかもしれません。しかし、だからこそデクシは「都市伝説」としての魅力を保ち続けているとも言えます。もし当時の対局に立ち会っていた方や、何か新しい手がかりをご存知の方がいらっしゃれば、ぜひコメント欄などで教えていただけると嬉しいです。
将棋界には、こうした「正体不明の実力者」をめぐる物語がいくつも存在します。今後もこのブログでは、そうした将棋にまつわる興味深いエピソードを引き続き紹介していきますので、よろしければまた読みに来てください。


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