はじめに|これは「感情論」ではない
最初に断っておく。
私は外国人を敵視したいわけではない。
ましてや差別を煽りたいわけでもない。
だが、どうしても看過できない現実がある。
日本という国で、日本人が飢えている。
この事実を前にして、
「共生」だの「多様性」だのという言葉が、
あまりにも軽く使われすぎてはいないだろうか。
国家とは何か。
政治とは何のために存在するのか。
その最低条件は、
「自国民が、食べることに困らない制度を作ること」
ではないのか。
第1章|日本に存在する「見えない飢餓」
日本は先進国だ。
表面的には、飢餓など存在しないように見える。
だが現実はどうか。
- 子ども食堂は全国に急増
- 一日一食で生活する高齢者
- 食費を削り、医療を諦める人々
- 非正規雇用・年金不足で崩壊する生活
これらは「特殊な例」ではない。
制度の隙間に落ちた、普通の日本人だ。
しかもこの層は、
- 声を上げにくい
- 政治参加が難しい
- データに表れにくい
だからこそ、
政治の優先順位から外され続けてきた。
第2章|それでも「外国人に飢餓は起きにくい」理由
ここは誤解のないように言う。
これは
「外国人がずるい」という話ではない。
制度設計の話だ。
① 支援制度へのアクセスの差
- 外国人向け支援NPOの集中
- 生活支援・相談体制の手厚さ
- 行政側の“トラブル回避意識”
一方、日本人はどうか。
- 「自己責任」と言われる
- 家族がいないと詰む
- 相談窓口すら知らされない
② コミュニティの有無
外国人には、
- 同国ネットワーク
- 宗教施設
- 相互扶助文化
が存在する場合が多い。
日本人は?
- 孤立
- 分断
- 恥の文化による沈黙
第3章|問題は「人」ではなく「順序」だ
ここが最も重要だ。
私はこう問いたい。
なぜ「国内の飢餓解消」が
すべての政策の最優先にならないのか。
支援は無限ではない。
財源も、行政能力も有限だ。
だからこそ、国家には
「順序」を決める責任がある。
順序はこうであるべきだ。
- 日本国内で、誰も飢えない制度を作る
- 生活が破綻しない最低ラインを保障する
- その上で、受け入れの是非を議論する
だが現実は逆だ。
- 先に受け入れ
- 後から問題が発覚
- 「共生」で押し切る
- 失敗しても誰も責任を取らない
第4章|なぜ政治はこの話題を避けるのか
理由は明白だ。
- 炎上しやすい
- 差別と混同される
- メディアが扱いにくい
- 票になりにくい
つまり、
政治家にとって“割に合わない”
だから語られない。
だが、語られないまま進む政策ほど、
危険なものはない。
第5章|私は「排外主義者」ではない
もう一度言う。
私は外国人を排除したいのではない。
ただ、日本人が飢えない国を先に作ってほしいだけだ。
それができない国家が、
他者を守る資格など、本当にあるのか。
第6章|選挙とは「これを問う場」のはずだ
次の選挙で、
私はこの一点を見る。
この候補者・政党は、
日本国内の飢餓を
“最優先課題”として語っているか。
語らない者には、
どれほど耳触りの良い言葉があっても、
私は票を投じない。




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