日本の賃金アップの課題と世界の状況 ― 実質賃金、物価、倒産リスクから読み解く「賃上げ時代」

話題

はじめに:なぜ「賃金アップ」が叫ばれるのか

近年、日本では「賃金を上げよう」という声が政治や経済ニュースで頻繁に聞かれるようになりました。政府は「構造的賃上げ」「持続的なベースアップ」を掲げ、大企業も春闘で5%前後の賃上げを決定する動きが見られます。

しかし、一方で家計の実感として「給料が上がったのに生活は楽にならない」という声が多く聞かれます。実際、実質賃金は長期間マイナスが続き、物価上昇に追いつけていません。さらに中小企業では「賃上げはしたいが体力がない」という声も強まり、経営破綻のリスクも指摘されています。

この記事では、

  1. 賃金を上げると経済はなぜ良くなるのか
  2. なぜ日本では実感として豊かさが感じられないのか
  3. 賃金上昇が企業倒産につながるリスクはあるのか
  4. 韓国やアメリカなど海外の事例はどうか
  5. 日本が進むべき方向は何か

という5つの問いに答えながら、2万字を超えるボリュームでわかりやすく解説します。

第1章:賃金を上げると経済は良くなるのか?

1-1. 賃金と経済の関係

賃金は家計にとっての「収入」であると同時に、経済全体にとっては「需要のエンジン」です。人々が得た賃金を消費に回すことで企業の売上が増え、企業は投資や雇用拡大を行い、さらに賃金が上がる――これが「経済の好循環」です。

特に日本のGDPの約60%は「個人消費」が占めています。したがって、賃金が上がらないと経済全体が伸びにくい構造にあります。

1-2. 税収と社会保障への効果

賃金が上がると所得税収が増え、消費税収も増加します。これにより政府は社会保障や公共投資を拡充できるため、財政基盤も強化されます。

1-3. デフレからの脱却

日本が長年苦しんできたデフレは、「物価が上がらない → 企業は値上げできない → 賃金も上がらない → 消費も伸びない」という悪循環でした。賃金上昇はこの流れを反転させ、インフレ率2%の安定的な成長軌道に戻すカギとされています。

第2章:なぜ日本では賃金が上がらないのか?

2-1. 長期停滞とデフレマインド

バブル崩壊以降、日本は「失われた30年」と呼ばれる低成長時代に入りました。企業も消費者も「値上げは悪いこと」という意識を強く持ち、利益が出ても内部留保に回す傾向が強まりました。

2-2. 労働市場の硬直性

  • 年功序列型賃金制度が根強く残っており、スキルや成果に応じた賃上げが弱い
  • 非正規雇用が全体の4割を占め、平均賃金を押し下げている
  • 労働組合の交渉力低下

これらが賃金停滞の背景にあります。

2-3. 中小企業の体力不足

大企業は内部留保や海外収益を活用して賃上げできても、中小企業は原材料費や光熱費の高騰に直撃され、賃金に回す余力がありません。

第3章:賃金と物価の関係 ― 実質賃金が下がる現実

3-1. 名目賃金 vs 実質賃金

  • 名目賃金:額面上の給料
  • 実質賃金:物価を考慮した生活水準

名目賃金が3%上がっても、物価が5%上がれば実質賃金はマイナス2%。現在の日本ではまさにこの状態が続いています。

3-2. 物価上昇の要因

  • エネルギー・食料の輸入コスト高
  • 円安による輸入品価格の上昇
  • コストプッシュ型インフレ

結果として生活必需品の値上がりが家計を直撃し、「賃金が上がっても生活は苦しい」と感じさせています。

3-3. スタグフレーションのリスク

賃金が伸びず、物価だけが上がる状況は「スタグフレーション」と呼ばれます。1970年代の石油ショック時に各国が経験したもので、日本でも同じ懸念が強まっています。

第4章:賃上げが企業に与えるリスク ― 倒産の現実

4-1. 倒産事例(日本)

  • 東京商工リサーチによると、最低賃金引き上げ後に「人件費負担が要因となる倒産」は毎年増加
  • 特に飲食・小売・介護・運送業で顕著

4-2. 企業の対応

  • 人員削減(正社員を減らし非正規化)
  • 自動化・デジタル化投資
  • サービス縮小(営業時間短縮など)
  • 海外移転

企業は潰れる前にコスト削減でしのぎますが、それが雇用や消費に影響します。

第5章:韓国の事例 ― 急激な賃上げの失敗

5-1. 文在寅政権の最低賃金政策

2017〜2019年にかけて、最低賃金を2年で30%以上引き上げました。

5-2. 結果

  • 零細企業の廃業ラッシュ
  • アルバイトや非正規雇用の労働時間削減
  • 「賃金は上がったが仕事がなくなった」という声が急増

5-3. 評価

IMFも「急激すぎる引き上げは雇用にマイナス」と指摘。韓国では最低賃金政策への批判が強まりました。

第6章:アメリカの事例 ― 賃上げと自動化

6-1. カリフォルニア州などの高賃金

最低賃金15ドル超を導入。

6-2. 結果

  • ファストフード業界で自動注文機・ロボット調理が普及
  • 雇用は減ったが、新しい形での雇用(メンテナンス・システム開発)が増加
  • 産業構造がシフトし、経済は適応

第7章:比較から見える教訓

政策結果
日本段階的に引き上げ倒産増加、価格転嫁の難しさ
韓国急激な引き上げ零細企業の廃業、雇用減少
アメリカ州ごとに引き上げ自動化と産業シフトで適応

👉 日本は「中小企業比率が非常に高い」ため、韓国の失敗を繰り返さないよう注意が必要。

第8章:日本が進むべき道

  1. 段階的な賃上げ
    一気ではなく、企業体力に合わせて継続的に。
  2. 価格転嫁の容認
    「安さ至上主義」から脱却し、適正価格を社会で共有。
  3. 中小企業支援
    補助金・税制・取引の公正化。
  4. 生産性向上
    デジタル化・自動化・付加価値経営で人件費を吸収。

第9章:生活者としてできること

  • 「安ければいい」ではなく「適正価格で持続可能なサービスを選ぶ」
  • 地元企業や中小企業を支援する消費行動
  • 労働者自身もスキルアップや転職活動を通じて市場価値を高める

第10章:まとめ

  • 賃金上昇は経済に不可欠だが、スピードと方法を誤ると企業倒産や雇用減少を招く。
  • 韓国は急激にやりすぎて失敗、アメリカは自動化で吸収、日本はまだ過渡期。
  • 日本が進むべきは「段階的な賃上げ+生産性改革+価格転嫁の容認」。
  • 最終的に大切なのは「生活者の実感として豊かになること」。

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