はじめに|この連立に広がる「説明できない違和感」
2026年1月現在、公明党と立憲民主党(民主党系)による
**「中道改革連合(CRA)」**は、
26年間続いた自公連立が解消され、新たな枠組みが誕生した。
表面的には「中道」「改革」「クリーンな政治」
しかし、有権者の間で広がっている感覚は、
必ずしも期待や希望だけではない。
むしろ多くの人が、こう感じているのではないだろうか。
「で、結局この連立は何をするの?」
「何が決まっているの?」
「将来像はどこにあるの?」
そして、行き着く直感的な言葉がこれだ。
「何も決まってへんけど、
この感覚は、感情論でも、政治不信から来る冷笑でもない。
むしろ、政治の構造をちゃんと見ている人ほど抱く違和感である。
本稿では、この違和感を出発点に、
CRAという連立が何であり、何ではないのか、
そしてそれは「正当」と言えるのかを、冷静に整理していく。
第1章|CRAは「何をする連立」ではなく「何を止める連立」である
まず、CRAの性質を正確に把握する必要がある。
結論から言えば、
CRAは「何を実現するか」を軸にした連立ではない。
決まっていないテーマの多さ
CRAは、国家の根幹に関わる以下のテーマについて、
ほぼ合意形成をしていない。
- 憲法改正
- 安全保障政策
- 防衛費の増減
- 皇位継承問題
- 対中・対米戦略
- 国家像・価値観の整理
これは単なる準備不足ではない。
最初から“決めない”ことで成立している連立だからだ。
なぜ「決めない」のか
理由は明快である。
公明党は、
- 現実主義
- 合意形成重視
- 段階的改革
を特徴とする政党だ。
一方、立憲民主党は、
- 権力抑制
- 急進改革への警戒
- 政府権限への不信
を強く持つ政党である。
この2党が、安全保障や国家観で深く一致する可能性は低い。
だからCRAは、
「一致できないテーマには最初から触れない」
という設計思想で組まれている。
第2章|唯一の共通点は「このまま自民に任せられない」
では、CRAで確実に一致している点は何か。
それは、非常に限定的だ。
- 自民党長期政権への不信
- 政治とカネ問題への嫌悪
- 説明責任を果たさない政治への反発
- 権力集中への警戒
つまり、
「このまま自民党主導で進むのは危険だ」
という認識だけが、強く共有されている。
政策の一致ではなく「拒否の一致」
ここが最も重要なポイントだ。
CRAは、
- 「こういう国を作りたい」
- 「この方向に進めたい」
という未来像の一致で成立した連立ではない。
- 「これ以上は嫌だ」
- 「この路線は止めたい」
という拒否の一致で成立した連立である。
だから、有権者にはこう見える。
「とりあえず止めたいだけやん」
この印象は、誤解ではない。
第3章|彼らが正当化しているのは「改革」ではなく「減速」
CRAは自らを
「中道改革連合」
「政治改革の担い手」
と位置づける。
だが、実際に彼らが正当だと主張している中身を整理すると、
それは改革ではない。
CRAが強調するキーワード
- 急ぎすぎない
- 社会が疲弊している
- 分断を避ける
- 生活を守る
- 安定を取り戻す
これらはすべて、
前進ではなく抑制を意味する言葉だ。
つまり彼らが言っているのは、
「今はアクセルを踏む局面ではない」
という主張である。
CRAの自己定義
CRAは自らを、
- 未来を切り拓く政権
- 大胆改革政権
とは定義していない。
むしろ、
「暴走を止めるブレーキ役」
「社会を落ち着かせる調整役」
として正当化している。
これは、はっきり言えば
**改革政権ではなく“停止装置”**である。
第4章|では「止める連立」は正当なのか
ここで本質的な問いに入る。
止めることだけを目的とした連立は、正当なのか。
結論は単純ではない。
条件付きで正当
この連立が正当になり得る条件は、極めて限定的だ。
- 期間が明確に短い
- 目的が限定されている
- 政治とカネ、説明責任など
最低限の信頼回復に集中する - 次の選択肢を国民に返す
つまり、
「止めるのは一時的であり、主役は国民」
という姿勢が守られる場合に限り、正当性が生まれる。
正当性が失われる瞬間
一方で、次の瞬間にこの連立は崩れる。
- 止めること自体が目的化したとき
- 何も決めない状態が長期化したとき
- 責任の所在が曖昧になったとき
このとき、CRAは単なる
「選挙のための野合」
「その場しのぎの連立」
として評価されることになる。
第5章|「止める政治」だけで、日本は持つのか
ここで一段引いて、日本の置かれた現実を見る必要がある。
確かに日本社会は疲弊している。
- 実質賃金の低迷
- 社会保険負担の増加
- 子育て不安
- 将来への閉塞感
急進改革が危険なのは事実だ。
しかし、現実は待ってくれない
一方で、日本を取り巻く環境は厳しい。
- 人口減少
- 国際情勢の緊張
- 中国・ロシアの動向
- エネルギー問題
これらは、
「止めておけば解決する問題」ではない。
最大のリスク
最大のリスクはここにある。
止めることが続きすぎると、
国は“静かに衰退”する。
止める政治は必要だが、
止め続ける政治は責任放棄でもある。
第6章|政治史的に見た「危機管理連立」
実は、こうした連立は政治史的に珍しくない。
- 危機時の大連立
- 暫定政権
- 調整型連立
いずれも、
「未来を描くための政権」ではなく
「崩壊を防ぐための政権」
として組まれてきた。
CRAも、この系譜に位置づけられる。
第7章|有権者が問うべき本当の論点
問題は、CRAが存在すること自体ではない。
問われるべきは、ここだ。
- いつまで止めるのか
- 何を最低限決めるのか
- 次を誰に託すのか
この問いに答えられなければ、
「やっぱり何も決まってへんやん」
という評価が、そのまま歴史に刻まれる。
結論|あなたの違和感は、民主主義の健全な感覚だ
「何も決まってないが、
この言葉は、
冷笑でも、皮肉でもない。
現段階のCRAを最も正確に言語化した一文である。
CRAは、
- 改革連合ではない
- 未来設計連合でもない
**「現状凍結のための危機管理連立」**だ。
それが正当かどうかは、
- 期間
- 目的
- 説明責任
この3点を守れるかにかかっている。
おわりに|止めるだけで終わる政治を、許すのか
政治は常に、
- 変えるか
- 変えないと決めるか
そのどちらかを選び続けなければならない。
「止めるだけ」の政治を、
どこまで正当とみなすのか。
その判断を下すのは、
連立を組んだ政治家ではない。
有権者一人ひとりだ。
中道改革連合(CRA)への想定反論と反証
── 「止める連立」は本当に正当なのか
想定反論①
「自民党の腐敗を止めるためには、手段を選んでいられない」
反論の主張
- 裏金問題
- 長期政権による緩み
- 説明責任の欠如
これらを考えれば、
「今はとにかく自民党を下ろすことが最優先」
であり、
政策が未成熟でも連立は正当、という主張。
▶ 反証
確かに、腐敗を止めることは重要だ。
だが、ここで問われるのは順序である。
- 腐敗を止めること
- 次にどうするか
この後者が欠落したままの連立は、
単なる「反対のための政治」に変質する。
歴史的に見ても、
「倒すこと」だけを目的にした連立は、
倒した後に必ず混乱を生む
腐敗を止める正当性と、
**「何も決めない状態を長期化させる正当性」**は、
まったく別物である。
想定反論②
「今は国民が疲れている。大きな改革はできない」
反論の主張
- 物価高
- 社会保険負担
- 子育て不安
こうした状況で、
「前に進むより、落ち着かせることが必要」
という意見。
▶ 反証
この指摘は、半分は正しい。
確かに、
急進改革は社会を壊す。
だが問題はここだ。
「落ち着かせる」と「止め続ける」は違う。
- 一時的な減速 → 必要
- 方向性を示さない停止 → 危険
日本はすでに
**「止まりながら衰退する局面」**に入っている。
疲れているからこそ、
最低限の方向性だけは示す責任
が、政治にはある。
想定反論③
「自民党よりマシ。完璧を求めすぎてはいけない」
反論の主張
- 自民よりクリーン
- 自民より穏健
- 自民より説明的
だから、
「多少あいまいでも、今は選択肢として正当」
という考え。
▶ 反証
「よりマシ」という評価は、
短期的には成立する。
だが、民主主義は本来、
「よりマシ」ではなく
「何を選ぶか」を問う制度
である。
- 何をやるのか
- 何をやらないのか
- その責任は誰が取るのか
これを示さない限り、
「マシだから許される政治」
が常態化し、
政治全体の基準が下がる。
想定反論④
「中道だからこそ分断を防げる」
反論の主張
- 右と左の対立は危険
- 極端な政治を防ぐ
- 中道が今は必要
という主張。
▶ 反証
中道それ自体は悪ではない。
だが問題は、
「中道」と「無内容」は違う
という点だ。
- 対立を避けるために決めない
- 分断を避けるために語らない
これが続くと、
政治は静かに空洞化する。
分断を防ぐことと、
判断を避けることは同義ではない。
想定反論⑤
「選挙で国民が選んだなら正当だ」
反論の主張
- 民主的手続き
- 選挙結果がすべて
- 国民が選んだ以上、文句は言えない
という意見。
▶ 反証
選挙は正当性の条件ではある。
だが、十分条件ではない。
民主主義において重要なのは、
- 選ぶ前に
- 何を選ぶのか
- 何が決まっていないのか
が、きちんと提示されているかだ。
「選ばせた」ことと
「説明した」ことは別
説明なき選択は、
事後的な正当化にはならない。
想定反論⑥(やや強硬派)
「文句を言うより現実を見ろ。政治は理想論じゃない」
反論の主張
- 政治は妥協の産物
- 理想を語っても意味がない
- 現実的な連立だ
という現実主義。
▶ 反証
この言葉は一見、もっともらしい。
だが、ここに落とし穴がある。
「現実的」という言葉は、
思考停止の免罪符にもなる。
- 妥協すること
- 何も決めないこと
は、同じではない。
現実政治であっても、
「最低限、何をするかを示す」
ことは義務である。
総まとめ|反論が示している“本当の問題”
ここまでの反論を整理すると、
一つの共通点が浮かび上がる。
CRA擁護論は、
すべて「今は仕方ない」に集約される
だが政治とは、
- 仕方ないから選ぶ
- 仕方ないから許す
を続けるほど、基準が下がっていく制度だ。
結論|問うべきは「連立の是非」ではない
本当に問うべきなのは、ここだ。
- いつまで暫定なのか
- どこまで決めるのか
- 国民にいつ選択を返すのか
この問いに答えない限り、
「何も決まってへん連立」という評価は、今後も消えない。




コメント