永瀬拓矢プロフィール早見表
| 氏名 | 永瀬 拓矢(ながせ たくや) |
| 生年月日 | 1992年9月5日 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 師匠 | 安恵照剛八段 |
| 棋士番号 | 276 |
| プロ入り | 2009年・四段昇段 |
| 段位 | 九段 |
| 順位戦 | A級 |
| 竜王戦 | 1組 |
| タイトル獲得 | 叡王1期、王座4期(合計5期) |
| 主な愛称 | 軍曹、努力の天才 |
はじめに――「努力の天才」という、少し不思議な呼び名
どうも、おはよう、こんにちは、こんばんはミギーです。
将棋界には、さまざまなタイプの天才がいます。幼い頃から圧倒的な強さを見せる棋士、誰も思いつかない一手を指す棋士、終盤で奇跡のような逆転を生み出す棋士。そんな個性豊かな棋士たちの中で、永瀬拓矢九段は「努力の人」「努力の天才」、そして親しみと畏敬を込めて「軍曹」と呼ばれてきました。
しかし、「努力の天才」という表現は少し不思議です。普通、天才と努力は反対の言葉のように扱われがちです。天才は少ない練習でもできる人、努力家は才能の不足を練習で補う人。世間ではそのように単純化されることがあります。
永瀬拓矢という棋士は、その二分法を壊しました。彼は自分を特別な天才として語るのではなく、強くなるために必要な時間を払い、勝つために生活を組み替え、敗れたあとも盤に戻り続けました。努力を一時的な根性ではなく、日常の仕組みに変えた棋士です。
2026年8月時点で、永瀬九段は日本将棋連盟の棋士番号276、神奈川県横浜市出身、安恵照剛八段門下。叡王1期、王座4期、合計5期のタイトルを獲得し、A級順位戦や竜王戦1組で戦うトップ棋士です。さらに名人戦、王位戦、王将戦、棋聖戦、棋王戦など数多くのタイトル戦に登場し、藤井聡太竜王・名人の最も重要なライバルの一人として将棋界の中心に立ち続けています。
本記事では、永瀬拓矢九段の生い立ち、奨励会時代、棋風、タイトル獲得、王座四連覇、藤井聡太との関係、そして「軍曹」という異名の本当の意味まで、初心者にも分かるように丁寧にたどります。
第1章 永瀬拓矢の基本プロフィール
永瀬拓矢は1992年9月5日生まれ、神奈川県横浜市出身の将棋棋士です。師匠は安恵照剛八段。2009年に四段へ昇段し、16歳でプロ棋士になりました。
棋士番号は276。2026年8月時点の段位は九段で、順位戦ではA級、竜王戦では1組に所属しています。順位戦A級は名人への挑戦権を争う最上位クラス、竜王戦1組も竜王挑戦につながる最上位クラスです。つまり永瀬九段は、一時的にタイトルを取っただけの棋士ではなく、長期間にわたって棋界の最高層に居続けている棋士だと分かります。
タイトル獲得は、2019年の叡王と、2019年度から2022年度までの王座4期。合計5期です。棋戦優勝では2012年に新人王戦と加古川青流戦、2023年度に朝日杯将棋オープン戦を制しています。
タイトル戦への登場回数はさらに多く、棋聖、棋王、王将、名人、王位などでも挑戦者になりました。タイトル獲得数だけを見ると、羽生善治九段や藤井聡太竜王・名人のような歴史的記録とは異なります。しかし永瀬九段の価値は、数字の大きさだけでは測れません。複数の時代をまたぎ、トップ棋士たちと何度も番勝負を戦い、研究量と粘り強さによって将棋界の基準そのものを押し上げたことにあります。
愛称の「軍曹」は、厳しい自己管理、膨大な研究量、勝負に対する妥協のなさから自然に広まった呼び名です。本人はかつてインタビューで、この呼び名について冗談めかして「階級を上げられるように頑張ります」と答えています。真面目さの中に独特のユーモアがあることも、永瀬九段がファンから愛される理由です。
第2章 将棋との出会い――器用さよりも、続ける力
永瀬拓矢の少年時代を語るとき、よく登場するのが「自分は将棋しかできなかった」という自己認識です。
もちろん、これはトップ棋士が自分を過小評価している面もあるでしょう。ただし永瀬九段の言葉には、彼の価値観がよく表れています。何でもすぐにできる万能型ではなく、将棋という一つの対象に時間と集中力を注ぎ込むことで道を切り開いた、という意識です。
幼い頃には水泳や習字も経験しましたが、本人の感覚では思うように上達しなかったといいます。一方、将棋については、負けても考え続けることができた。勝つために何を直せばいいのか、次に何を勉強すればいいのかを考えられた。好きだから続いたのか、続けたから好きになったのか。その境界は本人にも簡単には分けられなかったのかもしれません。
将棋の上達には、才能だけでなく、長い時間をかけて局面を記憶し、失敗を分析し、何度も同じテーマに向き合う忍耐が必要です。子どもの大会では、一度のひらめきで勝つこともあります。しかし奨励会、そしてプロの世界へ進むほど、継続的な勉強の差が大きくなります。
永瀬少年は、将棋をする時間が減ることを強く嫌ったと伝えられています。学校の宿題を終えずに居残りになれば、その分だけ盤に向かう時間が減る。普通の子どもなら遊ぶ時間が減ることを残念がる場面で、永瀬少年は将棋の時間が奪われることを重大な損失と考えたのです。
この時点ですでに、後の「軍曹」の原型が見えます。努力とは、つらいことを無理に我慢することだけではありません。自分が本当に大切だと思うことへ、優先順位を徹底的に寄せることです。永瀬九段は少年時代から、将棋を人生の中心に置く決断を少しずつ積み重ねていました。
第3章 奨励会という狭き門
プロ棋士になるためには、原則として日本将棋連盟の棋士養成機関である奨励会を勝ち上がる必要があります。奨励会には6級から三段までの段級位があり、最終関門の三段リーグで上位2人に入ると四段、つまりプロ棋士になります。
この仕組みは非常に厳しいものです。将棋教室や地域大会で圧倒的に強かった少年たちが集まり、その中で半数近く勝ち続けなければ昇級すらできません。年齢制限もあり、努力しても全員がプロになれるわけではありません。
永瀬は安恵照剛八段門下として奨励会に入り、勝敗の重圧と向き合いました。奨励会時代の永瀬を象徴するのは、生活の中心を将棋へ寄せる覚悟です。高校へ進学したものの、奨励会で三段まで上がり、プロ入りが現実的な目標になる中で、学校生活と将棋修業の両立に難しさを感じ、退学という決断をしています。
この選択を簡単に美談にしてはいけません。学校を辞めれば必ず棋士になれるわけではなく、失敗したときの不安もあります。それでも永瀬は、限られた時間を将棋に集中させる道を選びました。
2009年、永瀬は16歳で四段に昇段し、プロ入りを果たします。若いプロ棋士として注目されましたが、プロになったことはゴールではありません。むしろ、ここから対戦相手は全員が奨励会を抜けた精鋭になります。
プロ入り直後から華々しくタイトルを取ったわけではありません。勝ったり負けたりを繰り返しながら、棋譜を増やし、研究相手を増やし、少しずつ自分の将棋を作りました。この「少しずつ」を長期間続けられることこそ、永瀬九段の最大の才能だったといえます。
第4章 「将棋に才能は必要ない、努力だけだ」という思想
永瀬拓矢を語るうえで最も有名なテーマが、「才能ではなく努力」という考え方です。
この言葉だけを切り取ると、少し乱暴に聞こえるかもしれません。将棋のプロになるには、計算力、記憶力、集中力、空間認識、勝負勘など、さまざまな適性が必要です。永瀬九段自身にも当然、並外れた能力があります。
それでも彼が才能という言葉を好まないのは、才能を理由にして行動を止めたくないからでしょう。「相手には才能がある」「自分には才能がない」と考えた瞬間、改善の余地を自分から閉じてしまいます。一方、努力に原因を置けば、今日の自分が何をするかという話に戻せます。
永瀬九段の努力論は、精神論だけではありません。対局前に休んで体力を温存することよりも、まだ地力が足りないなら勉強を優先する。研究会や一対一の練習将棋を高頻度で行う。指した将棋を振り返り、知識を更新する。強い相手との練習を避けない。こうした具体的な行動の積み重ねです。
また、努力を「一度だけ限界まで頑張ること」とは考えていません。トップ棋士の生活では、対局が数十年続きます。燃え尽きるほど頑張って数か月で止まるより、毎日のように盤に向かい、学習を習慣化する方が強い。
永瀬九段を見ていると、努力には三つの段階があると分かります。
第一に、時間を確保すること。第二に、質の高い相手や教材を選ぶこと。第三に、結果が出ない時期にも続けることです。
多くの人は第一段階で苦労します。時間ができたら勉強しようと考えますが、永瀬九段は将棋を先に予定へ入れ、それ以外を調整しました。この優先順位の置き方が、普通の努力家と「努力の天才」を分ける大きな違いです。
第5章 永瀬流の棋風――負けにくさ、受け、厚み
将棋初心者が永瀬拓矢の棋譜を見ると、「派手に攻め倒す棋士」という印象より、「簡単には崩れない棋士」という印象を持つかもしれません。
永瀬九段の棋風を表す言葉として、受けの強さ、粘り、厚み、負けにくさが挙げられます。相手の攻めを正確に受け止め、駒を交換しながら自玉の安全を確保し、長い中終盤で少しずつ形勢を引き寄せます。
将棋では、攻める方が分かりやすく見えます。飛車や角を成り込み、相手玉へ迫れば、観戦者にも狙いが伝わります。一方、受けは難しい。相手の攻めを完全に切らすのか、いったん受けて反撃するのか、多少の駒損を受け入れて玉の安全を買うのか。正確な判断が必要です。
永瀬九段は、単に守るだけではありません。金銀と玉の位置関係を重視し、盤上の駒が連結した「厚い形」を作ります。厚みがある将棋は、すぐに勝ちへ直結しなくても、相手の攻めを制限し、自分の選択肢を増やします。
また、持ち時間の長い将棋での粘り強さも特徴です。形勢が悪くなっても、相手が間違えやすい局面を作り、最後まで勝負を続けます。これは根性だけではできません。劣勢の局面でも最善に近い手を探し続ける技術、相手の心理を読む力、長時間考え続ける体力が必要です。
かつては振り飛車を多く指し、特に中飛車や三間飛車などでも実績を残しました。その後は居飛車の将棋も深く研究し、角換わり、相掛かり、矢倉など現代将棋の主要戦型でトップ棋士と戦っています。
一つの戦法に固執せず、必要に応じて棋風を広げたことも重要です。努力家というと、同じことを繰り返す人を想像しがちですが、永瀬九段の努力は変化を含んでいます。勝つために昨日までの自分を更新し続ける。そこにプロとしての厳しさがあります。
第6章 2012年――若手棋戦二冠で示した可能性
永瀬拓矢が若手棋士として大きく存在感を示したのが2012年です。この年、永瀬は新人王戦と加古川青流戦を制しました。
新人王戦は、若手棋士や奨励会三段などが参加する伝統ある棋戦です。歴代優勝者には、後にタイトルを獲得する棋士が多く並びます。加古川青流戦も、若手棋士の登竜門として知られています。
同じ年に二つの若手棋戦を制したことは、永瀬が次世代の有力棋士であることを明確に示しました。ただし、この時点で将棋界の頂点に立ったわけではありません。若手棋戦で優勝しても、順位戦、竜王戦、タイトル挑戦者決定リーグなどでは、経験豊富なトップ棋士に勝ち続ける必要があります。
永瀬九段のキャリアは、ここから一直線に上がったわけではありません。あと一勝で大きな舞台へ進めない時期や、タイトル挑戦に届かない時期もありました。
それでも、若い頃の優勝は二つの意味を持ちました。一つは、自分の勉強方法がプロの世界でも通用するという自信。もう一つは、さらに上を目指すためには、今の努力量でも足りないという現実です。
努力家は、成功すると安心するのではなく、新しい不足を見つけます。永瀬九段にとって2012年は完成の年ではなく、長い上昇の入り口でした。
第7章 羽生善治への初挑戦――2016年棋聖戦
2016年、永瀬拓矢は第87期棋聖戦で羽生善治棋聖への挑戦権を獲得しました。これが初めてのタイトル戦登場です。
当時の羽生善治は、長年にわたって将棋界の頂点に立ち続けていた絶対的な存在でした。タイトル戦に初めて出る若手が、羽生棋聖と五番勝負を戦う。永瀬にとっては、自分の将棋が最高峰でどこまで通用するのかを確かめる舞台でした。
シリーズは激戦となり、千日手も発生しました。千日手とは、同一局面が一定回数現れて勝負がつかず、原則として指し直しになるルールです。長時間戦ったあとに、もう一度最初から指すことになります。体力と集中力が試される展開は、永瀬らしいタイトル戦だったともいえます。
最終的に永瀬は2勝3敗で敗れ、初タイトル獲得はなりませんでした。しかし、羽生棋聖を最終局まで追い詰めたことは大きな評価につながりました。
タイトル戦の敗北には二つの向き合い方があります。「あと少しだった」と満足するか、「あと一勝に何が足りなかったのか」を調べるか。永瀬九段は後者です。
この経験によって、番勝負で必要な準備、対局間の体調管理、戦型の選び方、終盤まで集中を維持する方法を学びました。2016年の敗北は、2019年の初タイトルへつながる重要な土台になります。
第8章 2019年、叡王獲得――努力が初めてタイトルになる
2019年、永瀬拓矢は第4期叡王戦で高見泰地叡王に挑戦しました。
叡王戦七番勝負で、永瀬は第1局から主導権を握り、4連勝のストレートでタイトルを奪取しました。これがプロ入り約10年での初タイトルです。
若くしてプロになった棋士が、10年近くかけて初タイトルを取る。この期間は、決して遠回りではありません。将棋界には十代や二十代前半でタイトルを取る棋士もいますが、多くのプロ棋士は生涯タイトルに届きません。トップ層で勝ち続け、挑戦者になり、番勝負で現タイトル保持者を破ることは、それほど難しいのです。
永瀬が初タイトルを取ったとき、多くのファンは「ついに努力が報われた」と感じました。しかし永瀬本人の感覚は、少し違ったかもしれません。努力はタイトルを取るための一時的な手段ではなく、タイトルを取ったあとも続く生活そのものだからです。
叡王獲得によって、永瀬はタイトル保持者として追われる立場になりました。挑戦者時代は相手を研究してぶつかればよいのですが、タイトル保持者になると、すべての棋士から研究されます。自分の得意戦法、時間の使い方、終盤の傾向まで分析されます。
この変化に対応するためには、さらに研究を深めなければなりません。永瀬九段は、タイトルを取ったことで努力を減らすのではなく、努力の基準を引き上げました。
第9章 王座獲得と二冠――2019年の大飛躍
叡王を獲得した同じ2019年、永瀬は第67期王座戦で斎藤慎太郎王座に挑戦しました。
結果は3連勝。永瀬は王座を奪取し、叡王と合わせて二冠になりました。初タイトルから短期間で二つ目のタイトルを獲得したことで、永瀬は「努力家の有力棋士」から「棋界を代表するタイトル保持者」へと立場を変えました。
この年の強さは、単なる勢いではありません。長年の研究で身につけた序盤知識、受けの技術、終盤の粘り、持ち時間の使い方が一つにつながった結果です。
特に王座戦は五番勝負であり、一局ごとに相手が修正してきます。第1局でうまくいった作戦が、第2局では対策される。そこで別の戦型を用意し、相手の狙いを外し、自分の得意な長い勝負へ持ち込む必要があります。
永瀬の番勝負における強みは、準備量の多さです。想定局面を幅広く研究し、相手がどの戦型を選んでも対応できるようにします。そして研究から外れたあとも、盤上で粘り強く考えます。
コンピューター研究が一般化した現代将棋では、序盤の準備が非常に重要です。しかし、AIの示す手を覚えるだけでは勝てません。なぜその手が良いのか、局面が少し変わったらどう指すのか、人間同士の対局で選びやすい変化は何かを理解する必要があります。
永瀬九段は、研究の量だけでなく、研究を実戦へ変換する力にも優れていました。2019年の二冠は、その能力が最も分かりやすく数字になった年です。
第10章 王座四連覇――「守る強さ」を証明した時代
永瀬拓矢の代表的な実績は、王座を4期連続で保持したことです。2019年度に初めて王座を獲得し、2020年度、2021年度、2022年度と防衛しました。
タイトルを一度取ることと、防衛を続けることは別の難しさがあります。
挑戦者は、その年に最も調子が良く、予選や挑戦者決定トーナメントを勝ち抜いてきた棋士です。タイトル保持者は毎年、その最強の挑戦者を迎え撃たなければなりません。しかも相手は数か月かけて保持者を研究してきます。
永瀬王座は、異なるタイプの挑戦者に対応しました。攻めの強い棋士、受けの巧い棋士、経験豊富なベテラン、勢いのある若手。相手ごとに戦略を変えながら、最後は自分の土俵である長い勝負へ持ち込みます。
2021年の第69期王座戦では、木村一基九段の挑戦を3勝1敗で退け、3連覇を達成しました。木村九段も受けと粘りを得意とする棋士であり、簡単には崩れない者同士の戦いでした。
そして4連覇によって、永瀬王座は永世称号の一つである「名誉王座」の資格まであと1期に迫りました。王座を通算5期獲得すれば名誉王座の資格を得られます。2023年の王座戦は、永瀬にとって単なる防衛戦ではなく、歴史に名前を刻むためのシリーズになりました。
ここまで王座を守れた理由は、守勢の棋風だけではありません。自分がタイトル保持者であることに安住せず、毎年、挑戦者のつもりで準備を続けたからです。防衛とは現状維持ではなく、前年の自分を超える作業でした。
第11章 藤井聡太との研究関係――最大の友であり、最大の壁
永瀬拓矢の棋士人生を語るうえで、藤井聡太竜王・名人との関係は欠かせません。
二人は年齢こそ離れていますが、早い時期から研究仲間として対局を重ねてきました。将棋界では、公式戦以外に棋士同士が練習将棋を指す「VS」と呼ばれる研究方法があります。対局後に局面を検討し、互いの考えを交換します。
永瀬は藤井の才能を高く評価しながら、年下だからと距離を置くことはありませんでした。むしろ最強の相手と継続的に指すことが、自分を強くすると考えました。
普通なら、自分より急速に強くなる相手との練習は怖いものです。負ければ自信を失うかもしれません。研究内容を相手に知られる危険もあります。それでも永瀬は、強くなるための価値を優先しました。
藤井にとっても、永瀬との研究は重要でした。永瀬は簡単に崩れず、悪い局面でも粘り続けます。短い研究手順だけでは勝ちきれない相手です。藤井がタイトル戦で見せる終盤の精度や、長時間対局への耐性を高めるうえで、永瀬との練習が果たした役割は小さくないと考えられます。
しかし、研究仲間であっても公式戦では勝負師です。盤の前では、相手の長所を知っているからこそ、より深い準備が必要になります。
永瀬九段は藤井を尊敬し、目標とも表現してきました。トップ棋士が10歳ほど年下の棋士を目標と言い切ることは、簡単ではありません。そこには年齢や立場よりも、強さを正直に認める姿勢があります。
この関係は、友情という言葉だけでも、ライバルという言葉だけでも説明できません。互いを強くする研究仲間であり、タイトルを奪い合う最大の敵でもある。現代将棋を象徴する特別な関係です。
第12章 2023年王座戦――名誉王座を懸けた「最後の砦」
2023年、第71期王座戦で、永瀬拓矢王座は藤井聡太竜王・名人の挑戦を受けました。
当時、藤井は七冠を保持し、史上初の八冠独占を目指していました。永瀬は王座を守れば5期目となり、名誉王座の資格を得ます。将棋界全体の歴史が動く番勝負でした。
シリーズは、結果だけを見れば藤井の3勝1敗です。しかし内容は一方的ではありませんでした。永瀬は深い研究と粘りで藤井を苦しめ、優勢な局面を作りました。
特に第3局、第4局は、永瀬の棋士人生を象徴するような将棋になりました。長時間かけて築いた優勢が、終盤のわずかな判断によって逆転する。将棋の残酷さと、藤井の終盤力が同時に現れたシリーズです。
第4局では、永瀬が勝ちに近い局面を迎えながら、秒読みに追われる中で形勢を損ね、敗れました。藤井は八冠を達成し、永瀬は王座と名誉王座の資格を目前で逃しました。
敗戦後の姿も大きな注目を集めました。悔しさを隠さず、それでも勝者をたたえ、局後の検討に向き合いました。
この敗北を「永瀬が失敗した」とだけまとめるのは正しくありません。世界最高水準の相手に対し、勝ち筋を作るところまで準備し、盤上で追い詰めたからこそ、最後の一手の重みが大きくなったのです。
努力は必ず望んだ結果を保証するわけではありません。どれだけ準備しても、勝負では敗れることがあります。それでも努力によって、歴史的な相手と互角以上に戦える場所まで進める。
2023年王座戦は、努力の美しさだけでなく、努力しても届かない瞬間の残酷さまで見せた名勝負でした。そして永瀬九段は、その敗北で終わりませんでした。
第13章 無冠になってからの再出発
王座を失ったことで、永瀬拓矢は2019年以来の無冠となりました。
タイトル保持者から九段へ。呼び方が変わるだけでも、本人にとっては大きな変化です。対局日程、取材、周囲の見方も変わります。長く守ってきた場所を失った喪失感は、外から想像する以上に大きかったでしょう。
しかし永瀬九段は、そこで将棋への向き合い方を変えませんでした。研究を続け、公式戦で勝ち上がり、再びタイトル挑戦の舞台へ戻りました。
2023年度には朝日杯将棋オープン戦で優勝。持ち時間の短い棋戦でも結果を残し、長時間将棋だけの棋士ではないことを示しました。
2024年度から2025年度にかけても、王将戦、名人戦、王位戦などで藤井聡太に挑戦する機会を得ています。2025年の第83期名人戦では、A級順位戦と挑戦者決定プレーオフを勝ち抜き、初めて名人戦七番勝負へ登場しました。結果は1勝4敗でしたが、第4局で一矢を報い、最高峰の舞台で自分の将棋を示しました。
さらに王位戦でも初挑戦を果たしました。永瀬九段は、特定の棋戦だけで強いのではなく、複数のタイトル戦で挑戦者になる総合力を持っています。
無冠になった棋士が、もう一度タイトル戦へ戻ることは簡単ではありません。若手棋士は次々に成長し、AI研究によって序盤の進歩も速くなっています。過去の実績だけでは勝てません。
それでも永瀬九段が挑戦を続けられるのは、過去の成功体験より、今日の勉強量を重視するからです。失った肩書を嘆くより、次の一局の準備をする。これこそ「軍曹」の本質です。
第14章 なぜ「軍曹」と呼ばれるのか
「軍曹」という愛称は、永瀬拓矢の厳格でストイックな姿勢から生まれました。
軍曹という役職には、現場で兵士を鍛え、規律を守らせ、自分も先頭に立つイメージがあります。永瀬九段も、後輩や研究仲間に対して真剣です。適当な検討で終わらせず、疑問があれば局面を掘り下げ、相手にも高い水準を求めます。
ただし、怖い人物という意味ではありません。対局外では独特の話し方や笑顔があり、食事や甘い物に関する話題で親しまれています。ファンへの対応も丁寧で、イベントや解説では真面目さの中にユーモアを見せます。
「軍曹」は、冷たい機械のような人という意味ではなく、将棋の前で自分にも他人にも嘘をつかない人、という敬称に近いのです。
永瀬九段は、練習将棋でも本番に近い集中力を求めます。練習だから適当に指すのではなく、練習で真剣に考えるから本番でも力を出せる。逆に本番だから特別なことをするのではなく、普段の延長として指す。
この考え方は、仕事や勉強にも通じます。大事な日の直前だけ頑張るのではなく、普段の作業水準を上げる。失敗したときに気合でごまかさず、再現できる改善策を作る。
永瀬九段の「軍曹」らしさは、根性論ではなく、再現性のある努力を求めるところにあります。
第15章 食事、体力、長時間対局――盤外の自己管理
将棋は座って指す競技ですが、タイトル戦では一日、あるいは二日間にわたって考え続けます。終盤になれば脳の疲労が蓄積し、わずかな判断ミスが勝敗を分けます。
永瀬拓矢は、体力と食事も勝負の一部として捉えています。対局中にしっかり食べる姿は有名で、バナナなどの補食や甘い物の話題が注目されることもあります。
ただし、食べること自体が目的ではありません。長時間考え続けるためにエネルギーを補給し、集中力を落とさないための自己管理です。
将棋ファンは盤上の一手に注目しますが、その一手を指すためには、睡眠、食事、移動、研究、休憩を整える必要があります。永瀬九段は、そのすべてを勝負の準備と考えます。
特に粘り強い棋風は、体力がなければ成立しません。劣勢になったとき、早く終わらせて楽になりたいという誘惑が生まれます。しかし永瀬九段は、可能性が残っている限り手段を探します。
長い将棋を嫌がらず、むしろ相手にも長く考えさせる。局面の難しさを維持し、終盤で相手の集中力が揺らぐ瞬間を待つ。これは盤上の技術と身体的な準備が一体になった戦い方です。
「努力の天才」という言葉の中には、机に向かう研究時間だけでなく、その研究を本番で使える身体を作ることも含まれています。
第16章 AI時代における永瀬拓矢の研究
現代将棋では、AIによる研究が欠かせません。トップ棋士は将棋ソフトを使い、序盤の最善手、形勢判断、未知の戦法を調べます。
しかしAIを使えば誰でも同じ強さになるわけではありません。示された数値や候補手を、実戦で使える知識へ変える必要があります。
永瀬九段は、AIの答えを効率よく暗記するだけでなく、人間同士で指すことを重視してきました。実戦では、研究した局面がそのまま現れるとは限りません。相手が少し手順を変えれば、自分で考えなければなりません。
また、AIの最善手が人間にとって指しやすいとは限りません。数十手先まで正確に指せば良い手でも、一度のミスで崩れるなら、タイトル戦で採用するには危険です。
永瀬九段の研究は、答えを知ることより、局面を理解することを重視します。なぜこの手が成立するのか。どの駒が働いているのか。相手が自然に指した場合、どこで差がつくのか。
そして、理解を深めるために練習将棋を大量に指します。AIと人間の研究を組み合わせることで、知識を盤上の感覚へ変えていきます。
AI時代には、努力の形も変わりました。昔は棋譜並べや詰将棋が中心でしたが、現在はソフトの設定、局面の選別、データ管理、研究相手との検討まで必要です。
永瀬九段は、技術の変化に合わせて努力の方法を更新しています。努力とは古い方法を守ることではなく、目的のために最適な方法を探し続けることだと教えてくれます。
第17章 永瀬拓矢の強さを初心者向けに五つで整理
ここまでの内容を、将棋初心者向けに五つのポイントで整理します。
一つ目は、圧倒的な研究量です。永瀬九段は、公式戦だけでなく練習将棋や研究会を重ね、実戦感覚を磨いてきました。
二つ目は、受けの正確さです。相手の攻めを怖がって早く逃げるのではなく、どこまで受けられるかを見極めます。必要最小限の受けで駒を残し、反撃へつなげます。
三つ目は、長時間考え続ける体力です。タイトル戦では、朝から夜まで集中力を維持しなければなりません。永瀬九段は長い勝負を苦にせず、終盤まで精度を落としにくい棋士です。
四つ目は、負けたあとに戻れる力です。タイトルを失ったり、大きな逆転負けを経験したりしても、研究を止めません。敗北を人格の否定ではなく、改善材料として扱います。
五つ目は、強い相手を避けないことです。藤井聡太という史上屈指の棋士と研究し、公式戦でも何度も挑みました。負ける可能性が高い相手から逃げるのではなく、その相手と指すことで自分の基準を上げます。
この五つは、派手な一手のように目立ちません。しかし長いキャリアでは、目立たない強さが最も大きな差になります。
第18章 私たちが永瀬拓矢から学べること
永瀬拓矢の生き方は、将棋を指さない人にも参考になります。
第一に、才能を言い訳にしないことです。自分に向いているかどうかを考えることは必要ですが、才能の有無は簡単には測れません。行動する前から「自分には無理」と決めれば、成長の可能性を失います。
第二に、努力を具体化することです。「頑張る」と決めるだけでは続きません。何時から何時まで行うのか、誰と練習するのか、結果をどう記録するのかを決める。永瀬九段は努力を予定と行動へ落とし込みました。
第三に、強い人の近くへ行くことです。自分より優れた相手と一緒に取り組むと、弱点が見えます。最初は苦しいですが、基準が上がります。
第四に、失敗を長期的に見ることです。2016年の棋聖戦敗北が2019年の叡王獲得につながり、2023年の王座失冠後も名人戦や王位戦への挑戦につながりました。一度の失敗で物語は終わりません。
第五に、成功後も仕組みを変えないことです。タイトルを取ったあとも研究を続ける。昇進したあとも学ぶ。売上が上がったあとも改善する。成功によって努力を止めれば、すぐに追いつかれます。
ただし、永瀬九段の生活をそのまま真似する必要はありません。仕事や家庭がある人が、すべてを一つの目標へ捧げることは現実的ではない場合もあります。
学ぶべきなのは努力量の数字ではなく、優先順位の決め方です。自分が大切にしたいことへ、無理なく継続できる時間を先に確保する。それが私たちなりの「永瀬流」です。
第19章 「努力すれば必ず報われる」のではない
永瀬拓矢の物語を、単純な成功物語にしてはいけません。
努力しても、すべてのタイトルを取れるわけではありません。2023年の王座戦では、名誉王座の資格まであと一歩に迫りながら敗れました。名人戦や王将戦でも、挑戦者になりながらタイトルには届きませんでした。
勝負の世界には、相手がいます。自分が努力しても、相手も努力しています。さらに、その相手が藤井聡太のような歴史的棋士であれば、最高の準備をしても敗れることがあります。
では努力は無意味なのでしょうか。
永瀬九段のキャリアは、逆の答えを示します。努力は結果を保証しませんが、挑戦できる場所を変えます。奨励会を抜け、タイトル挑戦者になり、タイトルを五期獲得し、八冠を目指す藤井と歴史的番勝負を戦う。そこまで進めたのは、日々の積み重ねがあったからです。
努力の価値は、必ず勝つことではなく、勝てる可能性のある自分を作ることにあります。
そして敗れたあとに、もう一度挑戦できる自分を残すことです。
永瀬九段が尊敬されるのは、勝ったからだけではありません。勝てなかった日にも将棋へ戻ったからです。
第20章 これからの永瀬拓矢――物語はまだ途中
「棋士の生涯」という題名ですが、永瀬拓矢九段の棋士人生はまだ続いています。
2026年8月時点で33歳。将棋棋士としては、経験と体力の両方が高い水準にある年代です。若手時代に培った研究習慣、タイトル保持者としての経験、藤井聡太との数多くの対局。そのすべてが今後の戦いに生かされます。
最大の目標の一つは、もう一度タイトルを獲得することでしょう。特に王座を再び獲得すれば、名誉王座の資格に近づきます。また、名人、竜王、王将、王位など、まだ獲得していないタイトルへの挑戦も続きます。
一方で、将棋界には伊藤匠、佐々木勇気、増田康宏、服部慎一郎など多くの強豪がいます。藤井一強に見える時代でも、その周囲では激しい挑戦者争いが続いています。
永瀬九段が今後もトップに居続けるためには、さらに変化が必要です。序盤研究を更新し、若手の感覚を学び、体力を維持し、自分の棋風に新しい要素を加えなければなりません。
しかし変化することは、永瀬九段が最も得意としてきたことでもあります。振り飛車党から居飛車の主要戦型へ範囲を広げ、AI時代に研究方法を変え、無冠になっても再びタイトル戦へ戻りました。
努力とは、同じ場所で足踏みすることではありません。自分を変え続けることです。
永瀬拓矢の物語がどこへ向かうのか。名誉王座に届くのか。藤井聡太からタイトルを奪う日が来るのか。あるいは、これまでとは異なる形で将棋界へ影響を与えるのか。
答えはまだありません。だからこそ、これからの一局一局を見る価値があります。
第21章 永瀬拓矢を形づくったライバルたち
永瀬拓矢の強さは、一人だけで作られたものではありません。棋士は対局相手によって弱点を教えられ、研究仲間によって考えを深め、同世代のライバルによって歩みを速めます。
同世代では佐々木勇気九段との関係がよく知られています。幼い頃から才能を高く評価された佐々木に対し、永瀬は自分を器用な人間とは考えていませんでした。何でもできるように見える同世代の存在は、劣等感の原因にもなり得ます。しかし永瀬は、その差を諦める理由ではなく、時間を投じる理由に変えました。
豊島将之九段との戦いも重要です。豊島は広い戦型に対応し、序盤研究と終盤力の両方を備えた棋士です。2020年の叡王戦は長手数、持将棋、千日手を含む異例の長期シリーズとなりました。永瀬はタイトルを失いましたが、極限の持久戦を経験し、トップ同士の番勝負が研究だけでは決まらないことを改めて知りました。
渡辺明九段は、永瀬がタイトル戦線へ上がる過程で何度も大きな壁になった棋士です。渡辺は相手に応じた作戦準備と番勝負の修正力に優れています。永瀬が王将戦や棋王戦で挑んだ経験は、シリーズ全体を設計する力を育てました。
木村一基九段との王座戦は、受けの名手同士という意味で特別でした。派手な攻め合いだけでなく、どちらがより正確に辛抱し、反撃の瞬間を待てるかが問われました。
そして藤井聡太。最強の研究相手であり、最大のタイトル戦の壁です。永瀬九段のキャリアは、相手の才能を否定するのではなく、その強さを正面から認め、自分の成長へ利用する姿勢に貫かれています。
ライバルとは、倒すべき敵であると同時に、自分一人では到達できない場所へ連れていく存在です。永瀬九段の努力は、多くの強敵との関係の中で磨かれました。
第22章 記憶に残る長手数将棋と「終わらない勝負」
永瀬拓矢の対局には、長手数の将棋が多いという印象があります。もちろん毎局が長いわけではありません。しかし永瀬が注目される大舞台では、千日手、持将棋、入玉、終盤の粘り合いなど、一局が簡単に終わらない展開がたびたび生まれました。
千日手は、同じ局面が繰り返されて指し直しになる制度です。勝負が最初からやり直しになるため、棋士は身体的にも精神的にも消耗します。持将棋は、双方の玉が敵陣へ入り、通常の詰みによる決着が難しくなったとき、駒点などによって判定する仕組みです。
2020年の叡王戦では、豊島将之竜王・名人との間で持将棋や千日手が生じ、七番勝負でありながら実際の対局数が増える異例のシリーズになりました。永瀬の「負けない」姿勢と、豊島の正確さがぶつかり、将棋のルールの端まで使うような戦いになったのです。
長手数将棋で重要なのは、単に投了しないことではありません。負けが明確な局面で意味なく指し続けるのとは違います。相手が勝ち切るために難しい手を選ばなければならない局面を作り、少しでも誤差が生まれれば反撃できる形を残します。
永瀬九段の粘りは、相手に「まだ終わっていない」と感じさせます。優勢な側は、勝ちを意識した瞬間に安全策を選びたくなります。その安全策がかえって差を縮めることもあります。
将棋は、一手ごとに局面が変わります。評価値が大きく傾いても、人間が正解を指し続けなければ勝敗は決まりません。永瀬九段は、その人間らしい不確実性を最後まで手放さない棋士です。
第23章 永瀬拓矢の対局を観戦するポイント
永瀬拓矢の将棋を初めて見る人は、次の四つに注目すると楽しみやすくなります。
まず、自玉の周囲の金銀です。永瀬九段は、玉をただ遠くへ逃がすのではなく、金銀と連結させて厚い形を作ります。相手が攻めてきたとき、どの駒で受け、どの駒を反撃に残すかを見てください。
次に、駒を取られた直後の指し手です。初心者は駒を取られると損をしたように感じますが、永瀬九段は一時的な駒損と引き換えに、相手の攻めを遅らせたり、玉を安全にしたりします。数手後に全体を見ると、意味が分かることがあります。
三つ目は、持ち時間です。永瀬九段がどの局面で長く考え、どこで早く指すかを見ると、事前研究の範囲や勝負どころを推測できます。早指しが続いたあと突然長考すれば、準備していた道を外れた可能性があります。
四つ目は、劣勢になってからです。優勢な将棋だけでなく、苦しい局面でどのように勝負を複雑にするかが永瀬将棋の見どころです。王手を続けるのか、相手の攻め駒を責めるのか、入玉を目指すのか。勝ち目を一つに絞らず、相手へ複数の問題を出します。
AI評価値を見ながら観戦する場合も、数字だけで「終わった」と判断しないことをおすすめします。評価値は最善手を指した場合の目安です。人間がその手を見つけやすいかどうかは別問題です。
永瀬九段の将棋は、華やかな一撃より、局面全体の耐久性に魅力があります。建物でいえば、見た目の装飾よりも、地震で倒れない構造にこだわる設計です。じっくり見るほど、強さの理由が見えてきます。
第24章 永瀬拓矢にまつわる誤解
永瀬拓矢には、努力家という強いイメージがあるため、いくつかの誤解も生まれます。
一つ目は、「才能がない棋士」という誤解です。プロ棋士になり、タイトルを五期獲得し、A級で戦う時点で、能力が高いことは明らかです。永瀬九段が才能を否定的に語るのは、自分を卑下するためではなく、才能という測れない要素より、行動できる努力へ意識を向けるためです。
二つ目は、「守っているだけの棋士」という誤解です。受けが強いことは事実ですが、相手の攻めを受け切ったあとには鋭い反撃があります。現代将棋の主要戦型を深く研究し、序盤から積極的に主導権を握る将棋も少なくありません。
三つ目は、「感情がない」という誤解です。対局中の厳しい表情や、合理的な発言から機械的に見えることがあります。しかし大きな敗戦では悔しさを表し、勝者への敬意も示します。真剣だからこそ感情が強く、その感情を次の行動へ変えています。
四つ目は、「努力量だけで勝っている」という誤解です。長時間勉強しても、方法が悪ければトップには届きません。永瀬九段は相手選び、局面選び、振り返り、体調管理まで含めて努力を設計しています。
五つ目は、「藤井聡太には勝てない棋士」という見方です。タイトル戦の結果では藤井が大きく勝ち越していますが、永瀬は何度も優勢局面を作り、公式戦でも勝利しています。最強棋士を現実に追い詰められる数少ない存在だからこそ、何度も挑戦者になります。
人物を一つの愛称だけで理解すると、本当の魅力を見落とします。「軍曹」は入口です。その奥には、変化を恐れない柔軟さ、相手への敬意、失敗を分析する冷静さがあります。
第25章 年代別に見る永瀬拓矢の歩み
永瀬拓矢のキャリアを年代別に並べると、成長が一度の爆発ではなく、段階的に積み上がったことが分かります。
1992年、神奈川県横浜市に生まれます。少年期に将棋へ熱中し、安恵照剛八段門下として奨励会へ入りました。
2009年、16歳で四段昇段。プロ棋士としての生活が始まります。若手時代は公式戦の経験を重ねながら、研究会やVSで実戦量を増やしました。
2012年、新人王戦と加古川青流戦で優勝。若手棋戦で結果を出し、次世代の有力棋士として注目されます。
2016年、第87期棋聖戦で羽生善治棋聖に挑戦。最終局まで戦い、タイトル級の力を証明しました。
2017年、七段へ昇段。竜王戦などで実績を重ね、トップ棋士への階段を上ります。
2019年、第4期叡王戦で高見泰地叡王を4連勝で破り、初タイトルを獲得。同年、第67期王座戦で斎藤慎太郎王座を3連勝で破り二冠になります。
2020年、豊島将之との長期化した叡王戦を戦い、叡王を失う一方、王座を防衛。棋聖戦でも藤井聡太とタイトル戦を戦いました。
2021年、木村一基の挑戦を退け王座3連覇。王将戦では渡辺明に挑戦し、複数のタイトル戦線で中心人物となります。
2022年、王座4連覇。名誉王座の資格まであと1期に迫ります。
2023年、藤井聡太の挑戦を受けた王座戦で敗れ、無冠に。しかし朝日杯将棋オープン戦で優勝し、実力が衰えていないことを示します。
2025年、第83期名人戦で初挑戦。王位戦でも初の挑戦者となり、無冠後も最高峰へ戻り続けました。
2026年もA級、竜王戦1組のトップ棋士として活動しています。年表にすると、永瀬九段のキャリアは「成功して完成」ではなく、「成功と敗北を材料に次へ進む」連続だと分かります。
第26章 よくある質問
ここでは、永瀬拓矢九段についてよく検索される疑問を簡潔にまとめます。
Q.なぜ永瀬拓矢は「軍曹」と呼ばれるのですか。
A.棋界随一といわれる研究量、厳しい自己管理、練習でも妥協しない姿勢から広まった愛称です。怖い人物という意味より、将棋に対して規律を貫く人物への敬意が込められています。
Q.永瀬拓矢の獲得タイトルは何ですか。
A.2026年8月時点では叡王1期、王座4期、合計5期です。
Q.名誉王座になっていますか。
A.まだ資格を得ていません。王座は通算5期で名誉王座の資格を得ますが、永瀬九段は4期です。2023年の防衛に成功していれば資格獲得でした。
Q.永瀬拓矢の得意戦法は何ですか。
A.若い頃は振り飛車も多く指しましたが、現在は居飛車を中心に角換わり、相掛かり、矢倉など幅広い戦型を指します。特定の一戦法より、深い研究と厚い受けが特徴です。
Q.藤井聡太とは仲が良いのですか。
A.長年の研究仲間であり、互いを高く評価しています。ただし公式戦ではタイトルを争うライバルです。友情と勝負が共存する特別な関係といえます。
Q.永瀬拓矢は本当に才能がないのですか。
A.トップ棋士である以上、高い能力を持っています。「才能ではなく努力」という発言は、才能の有無を考えるより、自分で変えられる努力へ集中するという思想として理解するのが適切です。
Q.永瀬拓矢の将棋は初心者にも面白いですか。
A.面白いです。派手な攻めだけでなく、守り方、粘り方、駒の連結を見る勉強になります。劣勢になってからの勝負術にも注目してください。
第27章 王座というタイトルが永瀬拓矢に似合った理由
八大タイトルには、それぞれ異なる歴史と特徴があります。王座戦は一次予選、二次予選、挑戦者決定トーナメントを勝ち抜いた棋士が、王座と五番勝負を戦います。持ち時間は各5時間。長すぎず短すぎず、序盤研究、中盤の構想、終盤の正確さ、時間配分のすべてが問われます。
この条件は、永瀬拓矢の総合力とよく合いました。事前研究だけで押し切るには持ち時間が長く、完全な力戦だけで戦うには準備の比重が大きい。永瀬は研究で優位を作り、研究を外れても粘り強く考え、終盤まで体力を残せます。
五番勝負では三勝すればタイトルが決まります。七番勝負より短いため、一局の敗戦が重くなります。第1局で負ければ、すぐに修正しなければなりません。永瀬が四連覇できたのは、一局ごとの強さに加え、シリーズ中に自分を修正する能力が高かったからです。
また王座戦は、永瀬の出身地である神奈川県にゆかりの深い対局場が登場することもあり、ファンにとって身近なタイトルでした。秦野市の元湯陣屋など、将棋史に残る場所で防衛戦を戦っています。
永瀬は王座を守る間、肩書としての王座だけでなく、「簡単には崩れない王者」というイメージを作りました。相手の研究を受け止め、長い終盤に持ち込み、最後に勝ち切る。受けと厚みを重視する棋風が、タイトル防衛という仕事に重なりました。
だからこそ2023年の失冠は大きな出来事でした。しかし同時に、王座四連覇という実績が消えることはありません。名誉王座の資格まであと一期という事実は、今後の挑戦に特別な意味を与え続けます。
第28章 永瀬拓矢という棋士を一言で表せない理由
永瀬拓矢を一言で表すなら、「努力の棋士」が最も分かりやすいでしょう。しかし、その言葉だけでは足りません。
努力家でありながら、研究方法は合理的です。根性で長時間座るのではなく、強い相手と指し、AIで局面を調べ、実戦で使える形へ落とし込みます。
受けの棋士でありながら、攻めるべきときは踏み込みます。安全だけを求めるのではなく、相手の攻めを受け止めた瞬間に主導権を奪います。
厳しい人物に見えながら、相手への敬意があります。藤井聡太の強さを率直に認め、年齢や肩書にこだわらず学びます。
無表情に見えることがありながら、勝敗への感情は強烈です。悔しさを隠せないほど勝負へ没頭し、それでも感情を次の研究へ変えます。
保守的な棋風に見えながら、キャリアの中では大きく変化しています。振り飛車から居飛車へ幅を広げ、AI時代の研究へ適応し、タイトル保持者から無冠になっても新しい目標を作りました。
この複雑さこそ、永瀬九段の魅力です。人はしばしば、天才か努力家か、攻めか受けか、冷静か情熱的かという二択で人物を理解しようとします。しかし一流の棋士は、相反する要素を同時に持っています。
永瀬拓矢は、努力を続けるために冷静であり、勝ちたいからこそ情熱的です。負けないために受け、勝つために攻めます。才能を否定することで、自分の可能性を狭めないようにしています。
彼の将棋と人生が多くの人を引きつけるのは、単純な成功者ではないからです。迷い、敗れ、取り逃し、それでも方法を変えて戻ってくる。その姿に、私たちは自分の仕事や人生を重ねることができます。
まとめ――永瀬拓矢とは、努力を「生き方」にした棋士
永瀬拓矢九段は、1992年に横浜で生まれ、16歳でプロ棋士になり、叡王1期、王座4期の合計5期を獲得したトップ棋士です。
若手時代には新人王戦と加古川青流戦で優勝し、2016年には羽生善治棋聖へ初挑戦。2019年に叡王と王座を獲得して二冠となり、王座を4期連続で守りました。
藤井聡太とは研究仲間として互いを高め合いながら、タイトル戦では最大のライバルとして戦いました。2023年の王座戦では名誉王座の資格を懸けて藤井を追い詰めましたが、あと一歩で敗れました。その後も名人戦、王位戦、王将戦など最高峰の舞台へ挑み続けています。
永瀬九段が「軍曹」と呼ばれるのは、ただ厳しいからではありません。毎日の研究を妥協せず、強い相手を避けず、負けたあとも盤へ戻り、自分の基準を上げ続けるからです。
彼の人生は、「努力すれば必ず勝てる」という単純な話ではありません。
努力しても負ける。準備しても届かない。歴史的な好機を逃すこともある。それでも、次の一局へ向かう。
永瀬拓矢とは、努力で結果を買った棋士ではなく、努力すること自体を生き方にした棋士です。
才能という言葉で自分の限界を決めず、今日できる研究を続ける。その姿は、将棋ファンだけでなく、仕事、勉強、スポーツ、創作など、何かを長く続けるすべての人へ静かな勇気を与えてくれます。
「軍曹」の戦いは、まだ終わっていません。
主な参考資料
日本将棋連盟「永瀬拓矢 棋士データベース」:プロフィール、段位、所属クラス、タイトル・優勝履歴(2026年8月確認)
日本将棋連盟「名人戦・順位戦」:第83期名人戦七番勝負の結果
日本将棋連盟「永瀬拓矢七段が高見泰地叡王に勝利、ストレートで叡王奪取」2019年5月11日
日本将棋連盟「永瀬、3連覇達成 第69期王座戦五番勝負を振り返る」2021年12月17日
将棋情報局「インタビュー 永瀬拓矢六段(第87期棋聖戦挑戦者)」2016年6月10日
王座戦中継ブログ:第71期王座戦各局の終局後インタビュー・棋譜
毎日新聞「『軍曹』永瀬拓矢九段 ストイックな将棋で狙うは打倒・藤井聡太王将」2025年1月3日
Number Web「努力の天才棋士・永瀬拓矢」インタビュー連載、2025年
注記:本記事は2026年8月2日時点で確認できる公式情報・報道・インタビューを基に構成しています。棋士の成績、所属クラス、タイトル戦登場回数などは今後変化します。




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