「泉房穂さんってよくテレビに出ているけど、いったい何をした人なの?」「なぜ明石市長として有名になったの?」と思っている人も多いのではないでしょうか。泉房穂(いずみ・ふさほ)さんは、兵庫県明石市の市長を2011年から2023年まで務めた人物です。現在は参議院議員として活動しています。特に有名なのが、明石市長時代に進めた子育て支援です。しかし泉さんの人生を詳しく見ると、単なる「子育て政策で有名になった元市長」ではありません。漁師の家庭に生まれ、東京大学へ進学し、NHKディレクター、テレビ番組スタッフ、弁護士、社会福祉士、衆議院議員、明石市長、そして参議院議員という非常に珍しい経歴を歩んでいます。今回は泉房穂さんとはどんな人物なのか、経歴や政策、面白いエピソードまで初心者にもわかりやすく紹介します。
泉房穂さんはどんな人?
泉房穂さんは1963年8月19日、兵庫県明石市二見町で漁師の長男として生まれました。明石で育ち、二見小学校、二見中学校、明石西高校を卒業。その後、東京大学教育学部へ進学しています。現在は弁護士・社会福祉士でもあり、柔道三段、手話検定2級という一面もあります。さらに公式プロフィールには「明石・タコ検定の初代達人」というユニークな経歴まで掲載されています。
福祉への思いは子どものころから
泉さんの政治を理解するうえで重要なのが、その生い立ちです。泉さんの公式プロフィールによると、障害のある家族がいたこともあり、幼いころから福祉について考えるようになったとされています。この経験が、その後の「困っている人を行政が支えるべきだ」という政治姿勢につながっていきます。明石市長時代も子どもだけではなく、障害者、高齢者、犯罪被害者、ひきこもりなど幅広い分野の支援に取り組みました。
面白エピソード① 高校3年生の5月に「東大へ行く」と宣言
泉さんの経歴で驚かされるのが東京大学への進学です。公式プロフィールによると、高校では生徒会活動などに取り組み、生徒会長の任期を終えた高校3年生の5月に職員室で「東大を受験する」と宣言。その後猛勉強し、東京大学に現役合格したと紹介されています。
しかも大学生活も少し変わっています。親からの仕送りに頼らず、授業料免除、奨学金、アルバイトなどで生活し、東京大学の駒場寮では寮長も務めました。現在の「自分で決めたら実行する」という泉さんの性格が、このころから見えていたのかもしれません。
東大卒業後はNHKへ
東京大学教育学部を卒業した泉さんは、1987年にNHKへ入局します。NHKではディレクターとして番組制作に携わりました。その後は民放にも移り、「朝まで生テレビ!」などにも関わりました。
現在テレビで政治や社会問題について話している姿を見ると「政治一筋の人」に見えますが、実はキャリアのスタートはテレビ業界だったのです。
その後、弁護士になる
テレビ業界の次に選んだのが法律の世界でした。司法試験に合格し、1997年から弁護士として活動を開始。2000年には地元明石で「いずみ法律事務所」を開設しました。
さらに社会福祉士の資格も取得しています。
つまり泉さんは「テレビ制作→弁護士→政治家」という、かなり珍しい経歴を持っているわけです。
面白エピソード② 橋下徹さんとは弁護士同期
意外なつながりもあります。大阪府知事や大阪市長を務めた橋下徹さんとは弁護士同期で、泉さんの公式プロフィールでは「ラグビー仲間」と紹介されています。
後に2人とも自治体のトップになるわけですから、なかなか面白い関係です。
2003年に国会議員になる
泉さんは2003年の衆議院議員選挙で当選し、国政にも進出しました。衆議院議員時代には、犯罪被害者基本法や振り込め詐欺防止に関係する議員立法などに取り組みました。
しかし、その後いったん国政から離れます。
そして泉房穂という名前が全国的に知られるきっかけとなったのが、地元・明石市の市長選挙でした。
2011年、わずか69票差で明石市長へ
2011年、泉さんは明石市長選挙に立候補します。
そして初当選。
公式資料では、このときの差はわずか69票だったとされています。
たった69票です。
選挙では「自分一人が投票しても変わらない」と思ってしまうことがありますが、泉さんの最初の明石市長選は「一票の重さ」が非常によく分かる選挙だったと言えるでしょう。
ここから12年間にわたる泉市政が始まります。
泉房穂さんといえば「子育て支援」
泉さんが全国的に知られる最大の理由が、明石市で行った子育て政策です。
泉さんは「子どもにお金を使えば、その家族が暮らしやすくなり、人が集まり、地域経済も活性化する」という考えのもと、子育て支援を強化しました。
明石市では「子育て支援5つの無料化」と呼ばれる政策が進められました。
代表的なものには、子どもの医療費、第2子以降の保育料、中学校給食費、公共施設の入場料などへの支援があります。
重要なのは単に「子育て世帯にお金を配る」という発想だけではなかったことです。
泉さんは、人にお金を使うことで人口が増え、地域経済が活性化し、税収にもつながるという「好循環」を作ろうとしました。
「子育て支援をすると財政が悪化する」は本当?
ここが泉市政で特に注目されたポイントです。
子育て政策を充実させれば当然お金が必要です。そのため「そんなことをすれば自治体の財政が悪化するのでは?」という疑問が出ます。
泉さんは逆の発想をしました。
子育てしやすい街にする。
↓
子育て世帯から選ばれる。
↓
人口が増える。
↓
街で買い物する人が増える。
↓
地域経済が活性化する。
↓
税収増加につながる。
という考え方です。
泉さんの公式サイトでは、市長時代に人口増加や街のにぎわいにつながったことを成果として紹介しています。
もちろん、人口増加や税収の変化をすべて一つの政策だけの成果と考えるのは慎重であるべきですが、「子育て支援を単なる支出ではなく街への投資として考える」という発想が全国的に注目されました。
「明石モデル」と呼ばれるように
こうした政策が注目された結果、明石市の取り組みは全国の自治体から注目されるようになりました。
「明石でできるなら、うちの自治体でもできるのでは?」
と考える自治体も現れます。
泉さん自身も「明石でできたことは全国でもできる」という考えを強く持っています。
この考え方が、現在の政治活動にもつながっています。
面白エピソード③ 柔道三段
泉さんは政治家としてはかなり体育会系です。
学生時代には野球、サッカー、柔道、ラグビー、生徒会活動などに取り組んでおり、柔道は三段。
東大卒の弁護士というプロフィールだけを見ると「ずっと勉強していた人」を想像しますが、実際にはスポーツにもかなり取り組んでいました。
面白エピソード④ 「明石・タコ検定」の初代達人
明石といえばタコが有名です。
そして泉さんの公式プロフィールを見ると、なんと、
「明石・タコ検定 初代達人」
と書かれています。
元市長、東大卒、弁護士、社会福祉士、柔道三段……。
そこに突然「タコ検定」が入ってくるのが面白いところです。
地元明石への愛着がよく分かるエピソードでもあります。
面白エピソード⑤ 好きな食べ物も明石だらけ
公式プロフィールによると、泉さんの好物は「あかし玉子焼」「味付のり」「くぎ煮」。
こちらも非常に兵庫・明石らしいラインナップです。
東京大学へ行き、NHK、弁護士、国会議員と全国を舞台に活動してきましたが、地元への思いが非常に強い人物であることが分かります。
一方で大きな問題になった「暴言」
泉さんについて紹介するとき、良い部分だけを書くのは公平ではありません。
市長時代には職員への暴言が大きな問題となりました。
特に道路拡幅工事に関連して職員に強い言葉を浴びせたことが報道され、全国的なニュースになりました。
泉さんはその責任を取って2019年に一度市長を辞職しています。
ところが、その後の市長選挙に再び立候補して当選しました。
この出来事は泉さんという政治家を評価するうえで非常に重要です。
「政策の実行力を評価する」という人がいる一方、「どれだけ政策が良くても暴言は許されない」と批判する人もいます。
泉さん自身も、自らの言動について反省を表明してきました。
政治家を見るときは政策の成果だけではなく、言動や組織運営についても含めて判断する必要があります。
2023年に明石市長を退任
泉さんは2011年から2023年まで、約12年間にわたって明石市長を務めました。
退任後はテレビ、ラジオ、YouTube、講演、執筆活動などを通じて政治や社会問題について積極的に発信するようになります。
特にテレビではかなり強い口調で政治家や政府を批判することもあり、「元明石市長の泉房穂」という名前が全国的に知られるようになりました。
YouTube「泉房穂の情熱チャンネル」も開設
2023年8月19日には公式YouTube「泉房穂の情熱チャンネル」をスタートしました。
テーマは、
「やさしい社会を明石から」
です。
テレビでは時間が限られてしまうため、YouTubeでは政治、社会、子育てなどについて本人の考えをより詳しく知ることができます。
そして再び国政へ
2025年の参議院議員選挙で、泉さんは兵庫選挙区から立候補。
82万2407票を獲得して当選しました。
公式プロフィールでは選挙区で全国最多得票だったとされています。
2003年に衆議院議員となって以来、約20年を経て再び国会議員になったわけです。
現在は参議院議員として国会で活動しています。
泉房穂さんが目指している政治とは?
泉さんの政治を一言で表現すると、
「人にお金を使う政治」
という考え方が分かりやすいでしょう。
子ども、高齢者、障害者、生活に困っている人などを行政が支援する。
そして人々の生活に余裕ができれば消費が増え、地域経済も回る。
泉さんはこうした考え方を明石市で実践してきました。
現在は、
「国民を救う政治へ」
という言葉も掲げています。
ひろゆきさんとの意外な組み合わせ
そして2026年、さらに注目される動きが出てきました。
ひろゆき(西村博之)さんとの政治団体です。
一見すると2人はかなり違います。
泉さんは「行政を実際に動かしてきた人」。
ひろゆきさんは「ネットやメディアから社会の仕組みを分析してきた人」。
この2人が組み、地方政治から政治を変える構想を進めています。
特に市長・区長・知事など自治体のトップを重視し、地方で成功事例を作って全国へ広げる考え方は、泉さんが明石市で実践してきた経験ともつながっています。
泉房穂さんを理解するおすすめ動画
文章だけで泉さんを知るより、本人が話している動画を見ると人物像がかなり分かりやすくなります。
①「泉房穂の情熱チャンネル」第1回
市長退任後、なぜYouTubeを始めたのか本人が語っています。
② 明石市の政策「やさしい社会を明石から」
明石市長時代の泉さん自身が、子育て支援や明石市の政策について説明している動画です。
③ 街録chのロングインタビュー
泉さんの生い立ちや、なぜ政治を志すようになったのかを知りたい人には非常に分かりやすい内容です。
④ ひろゆき×泉房穂
最近の政治活動まで追いたい人は、ひろゆきさんとの対談や新しい政治団体についての動画も合わせて見ると、今後何を目指しているのか理解しやすくなります。
泉房穂さんから学べること
泉さんの政治に賛成するか反対するかは人それぞれです。
しかし、一つ興味深いのは、
「行政のお金をどこに使うかによって街は変わる」
という考え方でしょう。
限られた予算の中で、道路や建物だけではなく「人」に投資する。
そして、それによって人が集まり経済を回す。
明石市で行われた政策が全国から注目された理由の一つです。
一方で、泉さん自身の強い言動が問題になったことも忘れてはいけません。
政策の成果と政治家本人の言動は分けて検証する必要があります。
まとめ|泉房穂は「明石から政治を変えようとした人」
泉房穂さんは1963年に明石市の漁師の家庭に生まれ、東京大学へ進学。その後NHKディレクター、テレビ番組スタッフ、弁護士、社会福祉士、衆議院議員を経て、2011年に明石市長となりました。
明石市長として特に力を入れたのが子育て支援です。
「子育て世帯を支援する→人が集まる→街が活性化する」という考え方を実践し、明石市の政策は全国的に注目されるようになりました。
一方、市長時代の暴言問題など、批判を受けた出来事もあります。
そして2025年には参議院議員として再び国政へ。
さらに現在は、ひろゆきさんとの新しい政治団体の動きも注目されています。
泉房穂さんを理解するうえで重要なのは、「好き・嫌い」だけで判断するのではなく、
明石市で何を実行したのか?
その政策にどれだけのお金が必要だったのか?
人口や税収などにどんな変化があったのか?
同じ政策を全国で実施できるのか?
という点を数字や事実から確認することです。
明石市で行った「人に投資する政治」を、日本全体でも実現できるのか。
これからの泉房穂さんの政治活動を見るうえで、そこが最大の注目ポイントになりそうです。



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