どうも、おはよう、こんにちは、こんばんは。ミギーです。
将棋界には数多くの個性派棋士がいますが、その中でも一際異彩を放つ存在が糸谷哲郎九段です。
- 「哲学を研究する棋士」
- 「大阪大学大学院卒の竜王経験者」
- 「ダニーの愛称で親しまれる天然キャラ」
- 「2026年、日本将棋連盟の理事を務めながら名人戦に挑戦した男」
この4つを並べるだけでも、ただ者ではない雰囲気が漂ってきますよね。
しかも2026年は、糸谷九段にとって将棋人生でも最大級のハイライトとなる1年でした。37歳にして初めて将棋界最高峰のタイトル「名人」への挑戦権を獲得し、絶対王者・藤井聡太名人と七番勝負を戦ったのです。しかもそのシリーズの最中に八段から九段へと昇段するという、極めて珍しい出来事まで起きました。

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今回は将棋ファンだけでなく、将棋のルールをよく知らない方でも楽しめるように、糸谷九段の経歴・人柄・2026年の名人戦の全記録を、10のエピソードを軸にじっくり紹介していきます。
糸谷哲郎九段プロフィール
まずは基本プロフィールから確認しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 糸谷 哲郎(いとだに てつろう) |
| 生年月日 | 1988年10月5日 |
| 出身地 | 広島県広島市西区 |
| 師匠 | 森信雄七段 |
| プロ入り | 17歳(広島学院高校3年時) |
| 所属 | 日本将棋連盟 関西棋士会 |
| 段位 | 九段 |
| タイトル獲得歴 | 竜王1期(第27期・2014年) |
| 学歴 | 大阪大学文学部卒業/大阪大学大学院人文学研究科修士課程修了(哲学専攻) |
| 現職 | 日本将棋連盟 常務理事(2025年6月~) |
| 愛称 | ダニー |

プロ棋士として第一線で戦いながら、連盟の運営を担う理事も務め、しかも2026年には名人戦の舞台にまで立つ。まさに「スーパーマルチタスク」な棋士なんです。
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将棋棋士は中学生・高校生の頃からプロを目指す人が多く、大学へ進学する人自体が少数派です。その中で糸谷九段は、大阪大学文学部へ進学し、そのまま大学院まで修了しました。専攻は哲学で、研究テーマはドイツの哲学者マルティン・ハイデガーだったといわれています。将棋界広しといえど、現役棋士として大学院修士課程を修了した経歴を持つ人物は極めて珍しく、この一点だけでも糸谷九段のユニークさが際立ちます。
エピソード① 現役棋士初、大阪大学・大学院を修了した異色の経歴
糸谷九段は17歳という若さでプロ棋士となりましたが、そこで将棋一本に絞ることはしませんでした。地元・広島で腕を磨いたのち、大阪大学文学部へ進学。さらにそのまま大学院人文学研究科の修士課程まで進み、見事修了しています。
将棋の世界では、プロになった時点で高校を中退したり、大学進学を選ばなかったりする棋士も少なくありません。対局と研究、勉強の両立は決して簡単なことではないからです。しかし糸谷九段は「将棋も学問も、どちらも自分にとって欠かせないもの」という姿勢を貫き、文学部での学びを経て大学院まで進学。専攻した哲学の分野では、20世紀を代表するドイツの哲学者マルティン・ハイデガーの思想を研究テーマに選んだとされています。ハイデガーといえば「存在とは何か」を問い続けた難解な哲学者として知られており、その思想を読み解くだけでも相当な知的体力が要求されます。

対局の合間に難解な哲学書を読み込んでいたと想像すると、ちょっと想像を超えていますよね。将棋の「読み」と哲学の「思索」、どちらも根っこは「じっくり考え抜く」という共通点があるのかもしれません。
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タイトル戦を戦うレベルの棋士は、日々膨大な時間を研究や対局準備に費やしています。そんな中で大学院まで卒業したという経歴は、将棋界の中でも群を抜いてユニークなキャリアといえるでしょう。
エピソード② 「生きるとは考えること」哲学者としての一面
哲学を学んだ理由を聞かれた際、糸谷九段は「生きるとは考えることだと思っています」と語ったことがあります。この一言だけでも、糸谷九段の思考の深さと独特の哲学観が伝わってきます。
インタビューでは分析哲学や形而上学について熱く語ることも多く、インタビュアーが「何も分かりませんでした(笑)」と苦笑するほど専門的な内容に踏み込むこともしばしばあるようです。将棋の戦術を語るときと同じ熱量で哲学を語る姿は、多くのファンにとって新鮮な驚きとなっています。
将棋というゲームは、盤上に現れた局面から最善の一手を「考え抜く」競技です。哲学もまた、目に見えない概念や存在の本質を「考え抜く」学問。両者は表面的には全く異なる分野に見えますが、根底には「答えのない、あるいは答えが一つではない問いに、粘り強く向き合う」という共通の姿勢があるのかもしれません。

AIが最強とされる時代になっても、「なぜその手が最善なのか」を自分の頭で考え抜こうとする姿勢は、まさに哲学者らしい将棋への向き合い方だと思います。
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糸谷九段自身、対局や普及活動を通じて、将棋とAIの関係についても哲学的な視点から語ることが多く、その考察は書籍としてもまとめられています。将棋というゲームの本質を、勝敗だけでなく思想的な深みから捉えようとする姿勢は、糸谷九段ならではの魅力といえるでしょう。
エピソード③ 2014年、竜王獲得という若手時代のハイライト
糸谷九段のキャリアを語る上で欠かせないのが、2014年(第27期)の竜王獲得です。当時のタイトルホルダーであった森内俊之竜王との七番勝負を制し、糸谷九段は初タイトルとなる竜王の座を掴み取りました。
竜王戦は将棋界で最も賞金額の大きいタイトル戦としても知られ、名人と並ぶ最高峰のタイトルの一つです。20代でのタイトル獲得は当時大きな話題を呼び、「羽生世代の壁を破った若手の台頭」として将棋ファンの注目を集めました。竜王戦の挑戦者決定三番勝負では、当時四冠を保持していた羽生善治九段を破ったことも、糸谷九段の実力の高さを象徴するエピソードとして語り継がれています。

羽生世代という将棋界の絶対的な壁に、当時まだ20代だった糸谷九段が真っ向から挑んで勝利したというのは、本当にすごいことなんです。<!– /word_balloon –>
この竜王獲得によって、糸谷九段は「若き実力者」としての地位を確立しました。しかし本人はこの経験を振り返り、竜王を獲得した前後で自身の将棋への向き合い方が大きく変化したと語っています。詳しくは後述しますが、「面白い将棋を指したい」という芸術性重視の姿勢から、「勝つことが一番大切」という現実的でシビアな姿勢へのシフトが、この竜王時代を境に始まったとされています。
エピソード④ 2026年、37歳での悲願の名人挑戦
そして2026年、糸谷九段の将棋人生における最大級のハイライトが訪れます。将棋界で最も歴史あるタイトル戦とされる「名人戦」において、糸谷九段は絶対王者・藤井聡太名人への挑戦権を獲得したのです。
2025年度の第84期A級順位戦において、糸谷九段は7勝2敗という好成績を残し、永瀬拓矢九段とのプレーオフに突入。この一戦を制し、見事にA級順位戦初優勝を飾るとともに、藤井聡太名人への初挑戦権を掴み取りました。17歳でプロ入りしてから約20年、37歳にしてつかんだ名人挑戦の切符です。

本人も「37歳といいますと、将棋界ではベテランなんですね」「タイトル戦という大きな舞台に出られるかどうかわからないと思っておりましたので、今非常に幸運なことだなと思っております」と語っています。長年のキャリアの末に掴んだ大きなチャンスだったんですね。
インタビューでは「本当に最後のチャンスになってもおかしくない、という思いで指せていければと思います」とも語っており、ベテラン棋士としての覚悟と気迫がにじみ出るコメントとなりました。名人戦は将棋界で最も長い歴史を持つタイトル戦であり、そこに挑むこと自体が棋士人生における特別な意味を持ちます。竜王獲得から12年、糸谷九段はキャリアの円熟期に、もう一つの最高峰タイトルへの挑戦権を手にしたのです。
第84期名人戦七番勝負は、2026年4月8日・9日に東京都文京区のホテル椿山荘東京で第1局が行われることとなりました。対する藤井聡太名人は、竜王・王位・棋聖・棋王・王将との六冠を保持する絶対王者。史上初となる全8タイトル独占を成し遂げたこともある、将棋界の頂点に立つ存在です。この六冠王に挑む糸谷九段の胸中には、竜王獲得時とはまた違った、ベテランならではの重みのある決意があったことでしょう。
エピソード⑤ 対局中に八段から九段へ!シリーズ途中の異例の昇段
名人戦七番勝負が進行する中、将棋ファンを驚かせる出来事が起こりました。糸谷九段が、名人戦シリーズの真っ最中に八段から九段へと昇段したのです。
きっかけとなったのは、4月16日に行われた第39期竜王戦3組での対局でした。この一局に勝利したことで、糸谷八段(当時)は八段昇段後の公式戦通算250勝を達成。この勝ち星数の到達により、同日付で九段への昇段が決まりました。

名人戦のような大きな番勝負を戦っている真っ最中に段位が変わるというのは、本当に珍しいことなんです。しかも段位は将棋界で最高峰の「九段」ですから、驚きも一入ですよね。
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この結果、名人戦第1局には八段として臨んだ糸谷九段でしたが、第2局以降は九段として対局に臨むことになりました。タイトル戦の番勝負の途中に段位が昇段するというのは、将棋界の歴史の中でも極めて稀な出来事です。名人戦という最大級の舞台で結果を出そうとする中、並行して行われていた竜王戦でも着実に白星を積み重ねていたこと自体、糸谷九段の充実ぶりを物語っています。
段位の昇段は、単なる肩書きの変化ではなく、その棋士がどれだけ公式戦で勝ち星を積み重ねてきたかを示す重要な指標です。九段は将棋界における最高段位であり、そこに到達したこと自体が糸谷九段のキャリアの積み重ねを証明するものといえるでしょう。
エピソード⑥ 名人戦史上初の初手「1六歩」の衝撃
名人戦第1局、糸谷八段(当時)が指した初手は、多くの将棋ファンを驚かせるものでした。その一手とは、将棋盤の右端(1筋)の歩を突く「1六歩」。さらに続けて3手目にも同じ端の歩を伸ばす「1五歩」を指し、周囲を驚かせました。
将棋の初手は「7六歩」や「2六歩」など、中央から少し右寄りの歩を突くのが一般的です。端の歩から動かす戦法自体は決して存在しないわけではありませんが、名人戦という最も権威あるタイトル戦の初手として指されたのは史上初の出来事でした。

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この采配の背景には、糸谷九段が長年敬意を表してきた大先輩棋士・故升田幸三九段の存在があります。升田幸三九段は「新手一生」という言葉を座右の銘としていた棋士として知られ、生涯にわたって定跡を打ち破る独創的な新手を追求し続けたことで有名です。ただし、AI(将棋ソフト)による研究が高度に発達した現代においては、一つの新手がそのまま「一生」通用し続けることは難しくなっています。糸谷九段はこの点について、「新手というのは一生は使えない。一生作り続ける方の一生だと思っています」と語っており、新手を生み出し続けること自体が現代における「新手一生」の体現であるという独自の解釈を示しています。
第1局は、波乱含みの力勝負となった末に糸谷九段が惜しくも敗れる結果となりましたが、「第2局も新しい構想と粘りを見せたい」と前を向く姿勢を見せていました。
エピソード⑦ 現役理事として臨んだ「40年ぶり」の快挙
糸谷九段は2025年6月から、日本将棋連盟の運営を担う常務理事という要職を務めています。棋士としての対局活動に加え、連盟の組織運営という重責も同時にこなしている状態です。
驚くべきことに、現職で理事を務めている棋士が名人戦の挑戦者になるのは、極めて稀な出来事です。過去に遡ると、第44期名人戦(1986年)で当時日本将棋連盟会長を務めていた大山康晴十五世名人が中原誠名人(当時)に挑戦して以来、実に40年ぶりの快挙となりました。

連盟のトップクラスの運営を担いながら、同時に将棋界最高峰のタイトル戦を戦う。これはもう「二刀流」どころではない、想像を絶する激務だと思います。
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インタビューでは、理事という要職に就いた後も好調を維持している点について「理事になって好調、変わった心境」と報じられるなど、多くのメディアが注目しました。忙しい連盟運営の合間を縫って復帰したA級順位戦で、プレーオフの末に見事初優勝を飾ったこと自体、並外れた集中力とタフさを物語っています。
将棋界の未来を憂い、早くから連盟の運営に関わる姿勢を見せてきた糸谷九段。対局者としての実力と、組織人としての責任感を両立させるその姿は、多くの棋士やファンから尊敬を集めています。
エピソード⑧ 広島出身棋士として「55年ぶり」、升田幸三九段の系譜
糸谷九段は広島県広島市西区の出身です。今回の名人戦挑戦は、広島県出身の棋士としても歴史的な意味を持つ出来事となりました。
広島県出身棋士が名人戦に挑戦するのは、三次市三良坂町出身の故升田幸三九段(1971年度に名人挑戦)以来、実に55年ぶりのことでした。升田幸三九段は「新手一生」の言葉で知られる将棋界の伝説的存在であり、独創的な棋風で数々のファンを魅了した大棋士です。同じ広島出身として、糸谷九段はかねてより升田九段に深い敬意を示してきたといいます。

地元・広島の大先輩である升田幸三九段の系譜を継ぐ形での名人戦挑戦。糸谷九段自身、「広島で培ってきた自分の将棋の集大成」と語っていて、故郷への思いの強さが伝わってきますよね。<!– /word_balloon –>
インタビューでは「広島の方に見て楽しんでいただける将棋を指せればと思っています」と語り、地元への感謝と誇りをにじませていました。また、幼稚園の頃にテレビか何かで「将棋」という言葉を耳にし、それが何かわからず父親に尋ねたのが将棋との出会いだったというエピソードも明かしています。ルールを教わった後は地元の「広島将棋センター」に通い、年上の強豪相手に負けては悔しさをバネに力をつけていったといいます。小学校低学年の頃には県内の大会で優勝するようになり、次第に頭角を現していきました。
こうした広島での幼少期からの積み重ねが、37歳になった今、名人戦という最高峰の舞台での戦いに結実したのです。糸谷九段の将棋のルーツを辿ると、広島という土地との強い結びつきが浮かび上がってきます。
エピソード⑨ 超早口とダニーの愛称</h2>
ここからは、糸谷九段の人柄がにじみ出るエピソードを紹介していきます。まず有名なのが、解説やインタビューでのとにかく速い話すスピードです。
頭の中で考えていることが次々に言葉になっていくため、「2倍速みたいだ」「情報量が多すぎる」と言われることもしばしば。それでも語られる内容自体は非常に論理的で、思考のスピードと言語化のスピードが常人離れしているからこそ生まれる現象だといえるでしょう。

早口なのに支離滅裂にならないのがすごいところです。頭の回転の速さがそのまま口から出てきている感じなんでしょうね。
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そしてもう一つ、糸谷九段を語る上で欠かせないのが「ダニー」という愛称です。将棋ファンの間ではこの愛称で親しまれており、イベントでも司会者や棋士仲間から普通に「ダニー」と呼ばれる場面がよく見られます。本人もこの呼び名を自然に受け入れており、今では「糸谷九段」と呼ぶよりも「ダニー」のほうが通じる場面すらあるほどです。
またあるインタビューでは、自身を「“スイーツ党”な日本将棋連盟“現役理事”」と紹介されるなど、甘いものが好きという親しみやすい一面も報じられています。哲学者のような知性的な語り口と、こうした気さくで天然な人柄とのギャップこそが、糸谷九段が幅広い層のファンに愛される理由の一つといえるでしょう。
イベントでは気さくでサービス精神旺盛な一面を見せ、難しい将棋の話でも初心者向けに分かりやすく説明しようとする姿勢から、多くのファンに愛されています。
エピソード⑩ 勝負観の変化とAI時代の将棋観
若い頃の糸谷九段は「面白い将棋を指したい」という気持ちが強かったといいます。芸術性や独創性を重視した将棋を追求していた時期があったのです。
しかし竜王獲得前後を境に、その考え方は大きく変化しました。「勝つことが一番大切」という、より現実的でシビアな価値観へとシフトしていったのです。以前は芸術性を重視していた将棋観が、タイトルを意識するようになってから、結果を最優先する厳しいスタイルへと変わっていったと本人も振り返っています。

「面白い将棋」から「勝つ将棋」へ。トップ棋士として結果を求められる立場になったからこその変化なんでしょうね。
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そして現在、AI(将棋ソフト)が人間の実力を大きく超えたとされる時代においても、糸谷九段は「なぜその手が最善なのか」を自分自身の頭で考えることを重要視し続けています。将棋だけでなく、人間とAIの関係性についても哲学的な視点から語ることが多く、その考察は書籍としてもまとめられています。哲学書はもちろん、歴史・文学・認知科学・AI関連など幅広い分野の書籍を読み漁っており、棋士仲間からも「知識量がすごい」と評されるほどです。
また若手時代には、豊島将之九段、稲葉陽八段、村田顕弘七段とともに「関西若手四天王」と呼ばれ、関西将棋界を牽引する存在として大きな期待を寄せられていました。当時から将棋界の未来を見据えた存在感を放っていたことがうかがえます。
AIによって「最善手」が数値化される時代だからこそ、なぜその手が最善なのかという問いを自分の頭で考え抜く姿勢は、糸谷九段の哲学的な信条をそのまま体現しているといえるでしょう。
名人戦七番勝負・全4局の戦いを振り返る
ここからは、2026年に行われた第84期名人戦七番勝負の戦いぶりを、対局ごとに振り返っていきます。
第1局(4月8日・9日/東京都文京区 ホテル椿山荘東京)
糸谷八段(当時)が先手番で、史上初となる初手「1六歩」を披露。続く3手目にも「1五歩」を指し、名人戦史上初となる展開で幕を開けました。戦型は横歩取りとなり、力戦形のねじり合いとなりましたが、藤井聡太名人が136手で勝利。糸谷八段は初戦を落とす結果となりました。
第2局(4月25日・26日)
先手・藤井聡太名人、後手・糸谷哲郎八段(当時)の一局。戦型は力戦形となり、89手で藤井名人が勝利。糸谷八段はこの時点でシリーズ2連敗となりました。

なお、この第2局の直前、4月16日に竜王戦で通算250勝を達成し、糸谷八段は九段へと昇段しています。第2局以降は「糸谷九段」として盤に向かうことになりました。
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第3局(5月7日・8日)
先手・糸谷哲郎九段、後手・藤井聡太名人という組み合わせ。戦型は雁木となり、130手で藤井名人が勝利。藤井名人は3連勝となり、防衛まであと1勝と迫りました。
第4局(5月16日・17日/大阪府高槻市 高槻城公園芸術文化劇場)
そして迎えた第4局は、糸谷九段の地元にほど近い大阪府高槻市での開催となりました。戦型は雁木対矢倉のねじり合いという、じっくりとした戦いに。糸谷九段は封じ手として端歩突きを選択し、しばらく受けに回りながら様子を見る展開となりました。
これに対し藤井名人は端攻めから猛攻を開始。歩の手筋を駆使して香得を確定させ、指しやすさを手にします。糸谷九段も自陣に馬を引き付けて対抗の姿勢を見せましたが、この馬があまり働かなかったことが大きな誤算となりました。
終盤の入り口で藤井名人が当たりになっていた飛車をあえて見捨て、馬取りをかける決め手を放つと、糸谷玉は寄り筋に。19時46分、攻防ともに見込みなしと判断した糸谷九段が投了し、七番勝負は123手で終局しました。

結果は藤井名人の4連勝、無傷のストレート防衛でした。敗れた糸谷九段は「実力不足が露呈した」と対局を振り返り、勝った藤井名人は「4連覇という結果を出せてうれしい」とコメントしています。
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この結果、藤井聡太名人は4期連続の名人位獲得を達成し、永世名人の資格獲得(通算5期)まであと1期に迫りました。糸谷九段とのタイトル戦通算成績は13戦12勝1敗となり、藤井名人の絶対的な強さが改めて示された七番勝負となりました。
一方で敗れはしたものの、37歳という年齢で最高峰のタイトル戦に挑み、しかもその最中に九段昇段という記録も打ち立てた糸谷九段の戦いぶりは、多くの将棋ファンの記憶に刻まれるシリーズとなりました。名人戦史上初の初手を披露するなど、最後まで「新手一生」の精神を体現し続けた挑戦だったといえるでしょう。
糸谷九段のタイトル戦・主な戦績まとめ
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2005年 | 17歳でプロ棋士デビュー(広島学院高校3年時) |
| 2014年 | 第27期竜王戦で森内俊之竜王を破り、初タイトル「竜王」を獲得 |
| 2025年6月 | 日本将棋連盟 常務理事に就任 |
| 2025年度 | 第84期A級順位戦を7勝2敗、永瀬拓矢九段とのプレーオフを制し初優勝、名人挑戦権を獲得 |
| 2026年4月 | 第84期名人戦七番勝負で藤井聡太名人に挑戦(八段として第1局に出場) |
| 2026年4月16日 | 竜王戦での勝利により通算250勝を達成、九段に昇段 |
| 2026年5月 | 名人戦七番勝負は藤井名人の4連勝で終了、名人獲得ならず |

こうして振り返ると、2026年は糸谷九段のキャリアの中でも特別に濃密な1年だったことがよくわかりますね。
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糸谷哲郎九段のよくある質問
Q1. 糸谷哲郎九段は何段ですか?
A. 2026年4月16日付で九段に昇段しています。それ以前は八段でした。将棋界における段位の最高位が九段であり、糸谷九段はその最高段位に到達しています。
Q2. 糸谷九段はなぜ「ダニー」と呼ばれているのですか?
A. 将棋ファンや棋士仲間の間で自然発生的に定着した愛称とされ、本人もこの呼び名を自然に受け入れています。イベントなどでも「ダニー」と呼ばれる場面がよく見られます。
Q3. 糸谷九段が取得した学位は何ですか?
A. 大阪大学文学部を卒業後、大阪大学大学院人文学研究科の修士課程を修了しています。専攻は哲学で、ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーの思想が研究テーマだったとされています。
Q4. 糸谷九段はどんなタイトルを獲得したことがありますか?
A. 2014年(第27期)に竜王のタイトルを獲得しています。名人のタイトルには2026年に初挑戦しましたが、藤井聡太名人の4連勝により獲得には至りませんでした。
Q5. 日本将棋連盟での役職は何を務めていますか?
A. 2025年6月から日本将棋連盟の常務理事を務めています。棋士としての対局活動と、連盟運営という重責を同時にこなしている点も注目されています。
まとめ
糸谷哲郎九段は、
- 大阪大学大学院修了という異色の経歴を持つ「哲学者棋士」
- 2014年に竜王を獲得したトップ棋士
- 2026年、37歳にして悲願の名人戦初挑戦を果たした現役理事
- シリーズ途中の異例の九段昇段、名人戦史上初の初手など、数々の記録を打ち立てた挑戦者
- 広島出身棋士として55年ぶり、現職理事として40年ぶりという歴史的意義を持つ挑戦を経験
- 「ダニー」の愛称で親しまれる、超早口で天然な人気者
という、他に類を見ない存在です。
2026年の名人戦は藤井聡太名人の4連勝という結果に終わりましたが、糸谷九段自身が「実力不足が露呈した」と真摯に振り返る姿勢や、シリーズを通して見せた「新手一生」の精神は、多くの将棋ファンの心に強く残るものとなりました。

将棋の強さだけでなく、その考え方や生き方、そして連盟運営という将棋界全体を支える姿勢にも魅力があり、初心者から将棋ファンまで幅広く支持されている棋士だと感じます。今後もどんな独創的な一手と深い思索を見せてくれるのか、目が離せませんね。
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今後も、独創的な将棋と深い思索で将棋界を盛り上げてくれることでしょう。糸谷九段のこれからの活躍にも、ぜひ注目してみてください。
本記事の内容は2026年7月時点の情報に基づいています。最新の対局結果や段位等については、日本将棋連盟の公式サイトをご確認ください。
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