~生後5か月の子どもを育てる父親が感じた少子化の現実~
近年、日本政府は「異次元の少子化対策」として大規模な子育て支援策を打ち出してきました。
2023年末に閣議決定された「こども未来戦略」では、3年間の集中取組期間に3.6兆円規模の財源を投じる「加速化プラン」が盛り込まれています。2024年10月には児童手当が拡充され所得制限が撤廃。高校生まで支給が延長され、第3子以降は月3万円に引き上げられました。
これだけの規模で支援が動いているにもかかわらず、出生数は過去最低を更新し続けています。
2025年の出生数は67万1,236人。合計特殊出生率は1.14。
どちらも統計開始以来、10年連続で過去最低を更新しました。
「なぜこれだけお金を使っても出生率は上がらないのか?」
この問いに対して、政治家でも研究者でもなく、生後5か月の子どもを育てている一人の父親として、実体験をもとに考えてみたいと思います。
まず知っておきたい「日本の少子化の現状」
議論に入る前に、現状のデータを整理しておきます。
出生率の推移
| 年 | 合計特殊出生率 |
|---|---|
| 2015年 | 1.45(近年のピーク) |
| 2021年 | 1.30 |
| 2022年 | 1.26 |
| 2023年 | 1.20 |
| 2024年 | 1.15 |
| 2025年 | 1.14(過去最低) |
人口を維持するために必要とされる出生率は約2.07です。現在の日本はその水準の半分程度しか子どもが生まれていない計算になります。
婚姻数の激減
同時に見落とせないのが婚姻数の推移です。
1970年代後半から2000年ごろまで、日本の婚姻数は年間70万組台で安定していました。しかしその後は減少傾向が続き、2023年にはついに50万組を割り込みました。
さらにコロナ禍以降は減少が顕著で、社会が正常化した後も回復していません。
この婚姻数の急減と出生数の減少はほぼ連動しています。なぜなら、日本では子どもの約98%が婚姻関係にある夫婦から生まれているからです。
つまり「結婚する人が減れば、出生数も減る」という構造が日本には存在します。
子育て支援は「効かない」のか?
ここで正直に言わなければなりません。
「子育て支援は無駄だ」という主張ではありません。
実際に子育てをしている身として、児童手当や育休制度の充実は非常に助かっています。ミルク代・おむつ代・ベビー用品——毎月の出費は想像以上であり、経済的な支援がなければ家計への負担はさらに大きくなります。
しかし問題の核心は、**「子育て支援を充実させても、そもそも結婚する人が増えなければ出生数は増えない」**という構造にあります。
内閣府経済社会総合研究所の分析でも、日本の少子化の主因は「結婚している夫婦が子どもを産まないこと」ではなく、「未婚化(結婚しない人が増えていること)」だと指摘されています。既婚夫婦が生涯に持つ子どもの数(夫婦完結出生率)は約1.90と、それほど大きく変化していないのです。
簡単に言えば、
問題の9割は「結婚が減っていること」。子育て支援は「結婚した後」を支援するもの。
この構造のズレが、1兆円を超える支援を続けても出生率が改善しない最大の理由ではないかと思います。
実体験① お金の問題は「今の不安」より「将来の不安」
生後5か月の子どもを育てていて感じることがあります。
「児童手当が増えたから、もう一人産もう」とはならない、ということです。
これは決して支援がありがたくないということではありません。毎月の手当は確かに助かります。
しかし「もう一人産もう」と思うかどうかの判断軸は、今もらえるお金の多寡よりも、将来の生活が成り立つかどうかへの確信にかかっています。
物価は上がり続けています。年金への不信感はぬぐえません。教育費は年々上昇しています。住宅価格も高止まりしています。
「今は支援があるけど、この先10年・20年、この子を育てていけるか?」
そういう問いに対して「大丈夫」と思えるかどうか——これが出産の決断に直結していると感じます。
月に数千円〜数万円の手当がある・なしより、「この国で子育てをしていける未来が見える」かどうかのほうが、心理的にはずっと大きな問題です。
実体験② 最も不足しているのは「時間」
お金の問題と同じくらい、いや、それ以上に切実なのが「時間」の問題です。
生後5か月の赤ちゃんとの生活は、想像以上に時間と体力を消耗します。
夜中の授乳・おむつ替え・寝かしつけ——これが毎日繰り返されます。ようやく寝たと思っても、また数時間後に泣き声が聞こえる。
仕事がある日も、この生活は変わりません。
私は小売業で働いており、朝早い出勤や残業もあります。睡眠不足のまま仕事をこなし、帰宅すれば育児の続きが待っています。
「疲れたから今日はお休み」が通じないのが子育てです。
こういう生活の中で「もう一人産もう」と思うためには、現在の余裕のなさが解消されている必要があります。追加の手当を受け取るより、保育サービスが充実してもう少し自分の時間が確保できることや、職場の理解があって急な休みが取りやすいことの方が、精神的な余裕につながります。
お金を渡すだけでなく、「時間を生み出す支援」が必要だと、実感として感じています。
実体験③ 若者が「結婚できない」現実
子育て支援の話になると、どうしても「産んだ後」の支援ばかりが議論されます。
しかし本質的な問題は「産む前」——つまり結婚するかどうかの段階にあります。
現在の20代・30代が置かれている経済環境を考えてみてください。
- 給料がなかなか上がらない(実質賃金の伸び悩み)
- 住宅価格・家賃の高騰
- 将来の年金への不安
- 物価の上昇による生活費の増大
- 奨学金の返済を抱えた若者も多い
日本総研の調査によると、「一生結婚するつもりのない人」の割合は男女とも10%台にとどまり、大半の若者はまだ結婚を望んでいます。
問題は「結婚したくない」のではなく、**「結婚できるかどうか不安」「結婚に踏み切る経済的な余裕がない」**という状況にある若者が増えているということです。
また、職場環境の変化により出会いの機会が減少していることも無視できません。かつては職場の同僚や先輩との出会いが結婚につながるケースが多かったのですが、テレワークの普及や職場内での出会いに対するハードルの高まりにより、それが難しくなっています。
「子育て支援を充実させるから、もっと産んでほしい」という政策メッセージは、まだ結婚できていない若者にはほとんど届かないのです。
「1兆円」をどこに使うべきか——体験者の視点
では、同じ財源をどのように使えばより効果的なのでしょうか。もちろん私は経済の専門家ではありません。しかし子育て当事者として感じることを正直に書きます。
優先度①:若年層の手取り増加
最も重要だと感じるのはここです。
社会保険料・税負担の見直しを通じて、若い世代の手取りを増やすことが「結婚への踏み切り」に一番直結すると思います。
「将来の生活を見通せる経済力」があってこそ、結婚や出産に踏み出せます。
優先度②:時間を生み出す支援の強化
お金を渡すより、時間を作る支援の方が現実の子育て家庭には助かります。
- ベビーシッター費用の補助拡充
- 病児保育の整備(子どもが病気のときに預けられる施設)
- 家事代行サービスの補助
特に病児保育は切実です。子どもが熱を出したとき、預けられる場所がなくて仕事を休まざるを得ない場面は多くの共働き家庭が経験しています。
優先度③:住宅支援
若い夫婦が「子どもを産もう」と思うには、安定した住まいが必要です。
子育て世帯向けの家賃補助や、住宅ローンの負担軽減は、結婚・出産の決断に直接影響します。
優先度④:出会いの機会の創出
政府や自治体が主導する婚活支援事業は、以前は「お節介」と受け取られることもありました。しかし出会いの機会が減少している現代においては、むしろ積極的に取り組むべき施策だと思います。
マッチングアプリの普及により出会い自体は増えていますが、「信頼できる環境での出会い」として公的な婚活支援の意義は大きくなっています。
優先度⑤:児童手当・経済的直接支援
もちろん重要です。しかし上記の4つがなければ、経済的支援だけでは出生率の改善に直結しにくいというのが、実感としてある正直なところです。
海外の事例から見えること
日本だけが特殊な状況というわけでもありません。
韓国の合計特殊出生率は2024年に0.75まで低下しており、日本以上に深刻です。台湾・シンガポールなどアジアの都市型社会でも同様の傾向があります。ドイツやイタリアなどのヨーロッパ先進国でも少子化は続いています。
一方、比較的出生率の高い北欧諸国(スウェーデン・フィンランドなど)の共通点は、単に「給付金を増やした」ことではありません。
- 男女ともに取りやすい育休制度の普及
- 充実した保育サービス
- 残業が少なく育児に関われる働き方
- 子育てをしながらキャリアを続けられる環境
つまり「経済的支援+時間的支援+社会的意識改革」の三本柱が機能しているのです。
お金を渡すだけでは解決しない——これは世界共通の教訓です。
少子化が続いた先に何が起きるのか
最後に、少子化が続いた場合の社会への影響についても触れておきたいと思います。
出生数の減少は「子どもが少なくなる」だけの話ではありません。
10〜20年後の労働力不足はすでに進行中であり、多くの業界が人材確保に苦しんでいます。介護・医療・物流・農業などの分野では特に深刻です。
年金・医療・介護の財政問題も避けられません。支え手(現役世代)が減り、受け手(高齢者)が増える構造は、社会保障の持続可能性を脅かします。現在の若い世代が老後を迎えるころに、十分な社会保障が残っているかどうかは不透明です。
地方の過疎化も加速します。すでに多くの地方都市・農村では小学校の統廃合や医療機関の撤退が起きており、これが全国規模で広がっていきます。
こども家庭庁も「2030年代に入ると若年人口は現在の倍速で急減し、少子化はもはや歯止めの利かない状況になる。今後6〜7年が少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス」と明言しています。
少子化は「子育て世帯だけの問題」ではなく、今の社会に生きる全員に影響する問題です。
まとめ——出生率が改善しない本当の理由
政府は1兆円を超える規模で子育て支援を実施しました。しかし出生率は改善していません。
それは子育て支援が「無意味だから」ではありません。支援そのものは子育て家庭にとって確かにありがたいものです。
しかし少子化の根本的な原因は、「子育ての費用が高いから産まない」のではなく、「結婚に踏み切れない若者が増えている」ことにあります。
そしてその背景には、将来への経済的な不安、時間的な余裕のなさ、出会いの機会の減少、住宅価格の高騰——これらが複雑に絡み合っています。
生後5か月の子どもを育てている父親として、一番強く感じることをまとめると、
「お金以上に、この社会で子育てをしていける見通しが持てるかどうか」
これが子どもを産む・産まないの判断に最も影響しているということです。
「子どもが生まれたら手当を出します」ではなく、「この国では結婚しても、子どもを産んでも、何とかなる」という実感が若い世代に届く社会をつくること。
それが1兆円の使い道として、最も重要な問いなのではないでしょうか。
少子化は単なる数字の問題ではありません。日本社会をこれからどう設計するか——私たち一人ひとりが考え続けるべき課題だと思っています。




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