どうも、おはよう、こんにちは、こんばんはミギーです。
今回は「将棋棋士の面白いエピソード」についてまとめてみました。
将棋棋士と聞くと、皆さんはどのようなイメージを持つでしょうか。静かな和室で盤を挟んで向き合い、何時間もほとんどしゃべらず、一手を指すまでに30分、1時間と考える。そんな姿から「棋士ってものすごく真面目そう」「頭が良すぎて普通の人とは違いそう」「普段もずっと将棋のことを考えているのでは?」というイメージを持つ方も多いと思います。
確かに、そのイメージは間違っていません。プロ棋士は幼い頃から何千局、何万局という将棋を指し、奨励会という非常に厳しい競争を突破した人たちです。
しかし、棋士について調べていくと、もう一つ面白いことに気づきます。それは、とにかく個性的な人が多いということです。
天才だから変わっているのか、変わっているから天才なのか。これは分かりません。ただ、将棋界には一般社会ではなかなか出会えないような、強烈なキャラクターを持った人物が昔から数多く存在します。
今回は、升田幸三、大山康晴、米長邦雄、加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、佐藤康光、森内俊之、藤井猛、渡辺明、永瀬拓矢、豊島将之、藤井聡太などを中心に、将棋を知らない人でも楽しめるよう、棋士たちの面白いエピソードや人間性、勝負師としての考え方を紹介していきたいと思います。
なお、昔の棋士については本人や関係者によって語られてきた有名な逸話も多く、細部について複数の語られ方が存在する場合があります。そのため本記事では、記録として確認できる事実と、将棋界で長年語り継がれてきた逸話をなるべく区別しながら紹介します。
それではいきましょう。
第1章 棋士はなぜこんなにも面白いのか?
将棋棋士という仕事は、かなり特殊です。会社員なら営業成績、売上、人事評価、チームの成果など、さまざまな要素によって仕事が評価されます。
しかし棋士の場合、究極的には非常にシンプルです。勝つか、負けるか。
しかも将棋は運の要素が極めて小さいゲームです。トランプのように「悪いカードを引いた」という言い訳はできませんし、サイコロのように「運が悪かった」とも言えません。自分が指した手の積み重ねによって勝敗が決まります。
つまり棋士は毎日のように、自分の判断力そのものを採点されているような職業なのです。
これはかなり厳しい世界です。その世界で何十年も戦っていると、人それぞれ独自の勝負哲学が生まれてきます。ある棋士は徹底的に努力し、ある棋士は直感を大事にする。相手が嫌がることを徹底する棋士もいれば、新しい戦法を作る棋士もいます。何時間でも考える棋士もいれば、驚くほど早く指す棋士もいるのです。
その違いが棋風となり、やがて人間性そのものとしてファンから愛されるようになります。だから将棋は、盤上の勝負だけを見ても面白いのですが、棋士の人生まで知ってから見ると何倍も面白くなるのです。
第2章 升田幸三――「新手一生」を掲げた昭和の豪傑
最初に紹介したいのが、升田幸三です。将棋界の歴史を語るうえで、絶対に外せない人物です。
升田幸三を一言で表現するなら、昭和の勝負師。この言葉がよく似合います。
現代の棋士が、冷静、礼儀正しい、研究熱心というイメージなら、升田幸三には豪快、破天荒、反骨精神という言葉が似合います。
そして升田を象徴する言葉が、**「新手一生」**です。
これは簡単に言えば、人の真似ではなく、一生新しい手を追求するという考え方です。
これ、仕事にも通じると思いませんか?昨日まで成功していた方法をずっと続けるのではない。もっといい方法はないか、まだ誰もやっていない方法はないか。それを考え続ける。升田はまさに、将棋界のイノベーターだったのです。
升田幸三と大山康晴
そして升田を語るうえで欠かせない人物が、大山康晴です。この二人は将棋史上でも屈指のライバルでした。
タイプはまるで違います。升田は豪快、大山は粘り強い。升田は攻め、大山は受け。升田は華、大山は実。もちろん単純に分類できるものではありませんが、ファンから見ると非常に対照的でした。
だからこそ二人の対局は面白かったのです。現在で言えば「どちらが強い?」だけでなく、生き方と生き方がぶつかっているような勝負でした。
第3章 大山康晴――相手が嫌になるまで負けない男
続いて、大山康晴十五世名人です。昭和将棋界最大級の巨人です。
大山康晴の将棋には「受け」という言葉がよく使われます。攻められても簡単には崩れず、相手が「これは勝っただろう」と思ったところから粘り、気がつくと形勢が逆転している。これが、いわゆる大山将棋です。
普通なら攻められると不安になります。ところが大山は、相手に攻めさせ、受けて、また受けて、さらに受ける。そして相手の攻めが細くなったところで反撃する。これが非常に強かったのです。
将棋はメンタルのゲームでもあります。攻めている側は「そろそろ倒れてくれ」と思っています。ところが倒れない。まだ倒れない。また受けられる。すると「もしかして攻めが切れた?」「これはまずいのでは?」となっていく。
この心理的圧力も、大山将棋の恐ろしさでした。
晩年まで第一線
大山のすごいところは、一時代を築いただけではありません。非常に長期間にわたりトップレベルで戦い続けました。
普通なら「若い天才が出てきたら世代交代」となります。しかし大山は、中原誠、谷川浩司、羽生善治といった次世代の怪物たちが登場しても戦い続けました。
会社に例えるなら、20代の最新技術を使う若手社員と60代のベテラン社員が同じ条件で真剣勝負をしていて、しかもベテランが普通に勝ってくるようなものです。
恐ろしいですよね。
第4章 加藤一二三――将棋界が生んだ奇跡のキャラクター
「面白い棋士」というテーマで絶対に外せないのが、加藤一二三九段です。通称、ひふみん。
テレビで知った方も多いと思いますが、「面白いおじいちゃん」というイメージだけで見ると大間違いです。若い頃の加藤一二三は、とんでもない天才棋士でした。
14歳でプロ棋士になり、史上初の中学生棋士として大きな注目を集めました。その後、名人をはじめ数々のタイトルを獲得し、長期間トップ棋士として戦っています。
つまり、テレビで見るあの独特のキャラクターの人物が、実は若い頃から日本最高峰の天才だった。ここが面白いところです。
「神武以来の天才」
加藤一二三には、**「神武以来の天才」**という強烈なキャッチコピーがありました。今風に言えば「日本史始まって以来の天才」くらいのインパクトです。
そんな人物が後年テレビに登場すると、独特な早口、食へのこだわり、個性的な将棋解説、猫好き、クラシック音楽など、キャラクターの宝庫でした。
将棋を知らない人にも一気に知られる存在となったのも納得です。
対局中の食事へのこだわり
棋士の対局では、昼食や夕食を注文することがあります。加藤一二三は、食事に関するエピソードが非常に多い棋士としても有名です。
うな重、寿司、チョコレートなど「これぞ勝負飯」と言いたくなるような食べ物がしばしば話題になりました。
棋士にとって食事は、ただの食事ではありません。長時間の対局では10時間以上盤の前に座ることもあり、頭を猛烈に使います。そのため「何を食べるか」「いつ食べるか」もコンディション作りの一部になります。
今では藤井聡太さんの昼食がニュースになることがありますが、棋士の食事が注目される文化は昔から存在していたわけです。
盤に近い、とにかく近い
加藤一二三といえば、対局中に盤面をものすごく近くから見る姿も印象的でした。将棋盤をのぞき込み、さらにのぞき込み、「そこまで近づく?」というくらい盤面を見る。
本人にとっては真剣そのものです。しかし見る側からすると、ものすごく個性的です。
こうした、本人は100%真剣なのに、なぜか面白く見えてしまうというのが加藤一二三の最大の魅力なのかもしれません。
第5章 米長邦雄――「泥沼流」と呼ばれた勝負師
続いて、米長邦雄です。こちらも強烈な人物です。
米長将棋を象徴する言葉の一つが、**「泥沼流」**です。形勢が悪くなっても簡単にあきらめず、複雑な局面へ持ち込み、相手にも間違える可能性を作る。そんな粘り強い棋風を表現した言葉です。
将棋には、AIが見れば「先手勝率90%」という局面があります。しかし人間同士の場合、90%だから絶対勝つわけではありません。特に昔はAIなどなく、自分自身で勝ち切らなければなりませんでした。
だから米長のような棋士に悪い局面から延々と粘られると、優勢な側も大変です。「間違えたらどうしよう」という心理が出てきます。
それが泥沼。そして気がつけば逆転。勝負師として、非常に嫌な相手だったでしょう。
第6章 谷川浩司――「光速の寄せ」は本当に速かった
続いて、谷川浩司十七世名人です。谷川浩司といえば、「光速の寄せ」。
将棋の終盤になると、王様をどうやって詰ませるか、自分の王様は大丈夫なのか、大量の読みが必要になります。
そこで谷川は、他の棋士よりも早く「勝ちまでの道筋」を見つけてしまう。その切れ味から「光速の寄せ」と呼ばれました。
谷川浩司は21歳で名人に就き、当時の将棋界に大きな衝撃を与えました。さらに面白いのは、その後すぐ羽生善治を中心とした、いわゆる羽生世代が現れたことです。
谷川からすると、やっと自分の時代が来たと思ったところへ、羽生善治、森内俊之、佐藤康光など、とんでもない集団が下から上がってきたわけです。
それでも谷川は、長年トップ棋士として彼らと戦い続けました。
第7章 羽生善治――天才なのに「普通に見える」という異常さ
そして将棋界を代表する人物、羽生善治です。
将棋を知らない人でも名前を知っている棋士の一人でしょう。羽生善治には数え切れないほどの伝説がありますが、特に面白いのは、圧倒的な実績を持ちながら本人の雰囲気は非常に穏やかなことです。
史上初の七冠独占
1996年、羽生善治は当時存在した七つのタイトルすべてを同時に保持しました。いわゆる、七冠独占です。
将棋のタイトルは一つ獲るだけでも大変です。予選を勝ち、本戦を勝ち、挑戦者になり、さらにタイトル保持者との番勝負に勝つ必要があります。
それをすべてのタイトルで同時にやってしまったわけです。ゲームで言えば、日本全国の主要大会を全部同時に優勝しているようなものです。
羽生さんの寝癖
羽生善治には、対局中の寝癖もたびたび話題になりました。
タイトル戦は二日制になることがあります。旅館やホテルに泊まり、翌朝対局場へ行くと、髪がピョコンとなっている。本人は盤面に集中しているので、髪型など気にしている場合ではありません。
見る側は「あ、羽生さん今日も寝癖が……」となる。
世界最高峰の頭脳戦と、かわいい寝癖。このギャップこそ、将棋ファンが棋士に親しみを感じる理由の一つでしょう。
「羽生マジック」
羽生善治には、羽生マジックと呼ばれる手があります。
普通の棋士なら選ばないような手、一見すると意味が分からない手を指し、数手後に「あ、この手が効いている!」となる。そうした妙手が何度も登場したため、ファンやメディアから羽生マジックと呼ばれるようになりました。
もちろん魔法ではありません。盤面を深く読み、普通とは違う角度から可能性を探しているからこそ「魔法のように見える」のです。
第8章 森内俊之――普段は穏やか、名人戦では異常に強い
続いて、森内俊之九段です。羽生善治と同年代で、幼い頃から何度も対戦してきたライバルです。
森内俊之の愛称として有名なのが、**「鉄板流」**です。簡単には崩れず、非常に正確で、相手の攻めを受け止めながら少しずつ勝ちへ近づく。まさに鉄板です。
名人戦になると強すぎる
森内俊之を語るうえで面白いのが、名人戦との相性です。
名人は将棋界でも特別なタイトルですが、森内は名人を8期獲得し、十八世名人の資格を持っています。
羽生善治という史上屈指の棋士と同世代でありながら、名人戦では何度も羽生を破りました。
普段は非常に穏やかな雰囲気。しかし盤の前では鉄壁。このギャップも森内俊之の魅力です。
第9章 佐藤康光――正統派の天才が「変態流」と呼ばれるまで
続いて、佐藤康光九段です。これまた非常に面白い棋士です。
若い頃は正統派、本格派というイメージが強かった棋士でした。ところが長い棋士人生の中で、普通では考えにくい構想を次々と指すようになります。
その結果、将棋ファンから**「変態流」**などと呼ばれるようになりました。もちろん悪口ではなく、最大級の褒め言葉です。
佐藤康光の将棋を見ていると、「なぜそこに飛車を?」「なぜその駒を動かすの?」となることがあります。
普通ならこちらへ動かす。定跡ならこうする。ところが佐藤は別の場所へ駒を持っていく。解説棋士まで「これは……どういう意味でしょう」となる。
そして数手後に「ああ!」と分かる。これが面白いのです。
佐藤康光は竜王、名人、棋聖、棋王、王将など数々のタイトルを獲得しました。それほどの実績を残しながら、年齢を重ねても新しいことへ挑戦し続けています。
普通なら自分の得意戦法を中心に戦いたくなります。しかし佐藤は、むしろ新しいことをする。
だから何十年経っても将棋ファンから「今日は何をするんだ?」と期待される、非常に珍しい棋士です。
第10章 藤井猛――自分で戦法を作って竜王になった男
藤井聡太さんではありません。藤井猛九段です。
藤井猛を象徴するもの。それが、藤井システムです。
戦法に自分の名前がつく。これはものすごいことです。スポーツ選手で言えば、自分が考案した技術がそのまま競技全体の教科書に載るようなものです。
藤井猛は、当時非常に強力だった居飛車穴熊などへの対抗策として、独創的な振り飛車戦法を発展させました。そしてその体系は「藤井システム」と呼ばれるようになります。
つまり、単に面白い作戦を考えたのではありません。新しい戦い方を生み出し、実際に最高峰タイトルまで獲ったのです。
将棋界の発明家と言ってもいいでしょう。
第11章 渡辺明――トップ棋士なのにリアクションが分かりやすすぎる
続いて、渡辺明九段です。
若くして竜王を獲得し、その後も名人、棋王、王将など数々のタイトルを獲得してきた大棋士です。
数字だけ見ると、とんでもなく怖そうですよね。しかし本人の発言や日常を知ると、非常に親しみやすい人物でもあります。
形勢が顔に出る?
渡辺明さんは、対局中の表情が比較的分かりやすい棋士としても知られています。
「これは困った」という場面では考え込み、天井を見たり、体を動かしたりする。もちろん本人は必死なのですが、観戦している側は「あ、渡辺先生困ってそう……」と感じることがあります。
将棋は表情を出さない方が有利にも思えます。それでも人間ですから、どうしても出てしまう。ここがAIにはない、人間同士の勝負の面白さでしょう。
妻の漫画で日常まで知られるトップ棋士
渡辺明さんの妻・伊奈めぐみさんは漫画家で、棋士の日常を題材にした作品でも知られています。
そのため渡辺さんは、タイトル戦で見る「大棋士・渡辺明」と、家庭での「一人の夫」という二つの顔がファンに知られる珍しいトップ棋士でもあります。
盤上では超一流。しかし家庭では普通の人間。そのギャップが面白いのです。
第12章 永瀬拓矢――「才能がないなら努力する」という怪物
続いて、永瀬拓矢九段です。
永瀬拓矢の特徴は何と言っても、努力。ファンからは「軍曹」と呼ばれることがあります。
普通、勉強すると疲れます。将棋の研究も同じで、何時間も局面を考えれば疲れます。
ところが永瀬は、非常に長時間将棋に取り組むことで知られています。研究、実戦、VS、さらに研究。将棋、将棋、また将棋。
その姿勢から「努力の天才」として語られることがあります。
「自分には才能がない」
永瀬拓矢を象徴する考え方として、才能より努力を重視する姿勢があります。
これが面白いのです。なぜなら、永瀬さんはすでにプロ棋士であり、しかもタイトルを何度も獲っているトップ棋士です。
一般人から見れば「どう考えても才能あるでしょう」となります。
しかし本人の基準では違う。周囲には羽生善治、渡辺明、藤井聡太といった怪物がいる。だから、才能で勝てないなら努力する。
この発想になるのです。ある意味、将棋界で一番怖いタイプかもしれません。
第13章 豊島将之――静かすぎる強豪棋士
続いて、豊島将之九段です。
豊島将之さんは、棋士の中でも特に「静かな強者」という言葉が似合います。派手に自分をアピールするタイプではありません。
しかし名人、竜王、王位、棋聖などのタイトルを獲得し、トップ棋士へ上り詰めました。
豊島の将棋は、序盤、中盤、終盤すべてが高水準と評されることが多く、弱点を見つけにくい棋士として知られています。
攻撃力100、防御力50なら攻略方法があります。しかし攻撃力90、防御力90、スピード90、技術90となると、どこから崩せばいいのか分からない。
豊島将棋には、そういう怖さがあります。
第14章 藤井聡太――エピソードを作ろうとしなくても伝説になる
そして現代将棋界を代表する棋士、藤井聡太です。
藤井聡太は14歳でプロ棋士となりました。ここまでは過去にも中学生棋士がいましたが、藤井聡太の場合はプロ入り直後から歴史を作ります。
プロ入りから29連勝
藤井聡太を一躍有名にしたのが、公式戦29連勝です。
プロデビュー戦から勝つ。また勝つ。また勝つ。まだ勝つ。「いつまで勝つの?」という状況になり、将棋ファンだけでなく、テレビ、新聞、一般ニュース、ワイドショーまで藤井聡太を取り上げるようになりました。
将棋が社会現象になった瞬間です。
最初は「天才中学生棋士」という扱いでした。しかし29連勝、タイトル挑戦、タイトル獲得、二冠、三冠、五冠、六冠、そして八冠と進んでいき、「すごい中学生」ではなく将棋史そのものを書き換える棋士になっていきました。
第15章 藤井聡太と「勝負飯」
藤井聡太の登場によって、一般社会にもさらに広がった文化があります。それが、勝負飯です。
タイトル戦になると「藤井聡太が昼食に何を食べた」ということまでニュースになります。
最初は「将棋と関係ないじゃん」と思うかもしれません。しかし、これが意外と面白いのです。
藤井聡太が食べる。ニュースになる。店に注文が殺到する。地域の名物が知られる。観光につながる。
つまりタイトル戦が、地域イベントとして機能するようになっているわけです。
将棋の経済効果を広げたという意味でも、藤井聡太の存在は非常に大きいと思います。
第16章 藤井聡太は鉄道好き
藤井聡太さんの趣味として有名なのが、鉄道です。
将棋界最強クラスの人物が、鉄道や移動ルートの話になると楽しそうになる。このギャップがまた面白い。
天才というと、一日中難しい本を読んでいるようなイメージがあります。しかし当然、好きなものも趣味もあります。
その趣味の話になると普通の青年らしさが出る。だから藤井聡太には、圧倒的な強さだけでなく親しみも感じるのでしょう。
第17章 「将棋の神様にお願いするなら?」
藤井聡太の考え方を象徴する有名な話の一つが、将棋の神様についての質問です。
普通なら「もっと強くしてください」「タイトルを取らせてください」とお願いしたくなるところですが、藤井聡太は将棋の神様がいるなら一局指してみたい、という趣旨の回答をしたことで知られています。
この考え方、すごくないでしょうか。
願いを叶えてもらうのではなく、神様と勝負したい。
結局、根っからの棋士なのです。
第18章 藤井聡太と永瀬拓矢――努力の怪物と天才の友情
将棋界で面白い関係の一つが、藤井聡太と永瀬拓矢です。
年齢も棋風も違いますが、二人には長時間将棋に向き合えるという共通点があります。
永瀬は努力、研究、反復。藤井は圧倒的な読み、感覚、そして研究。
二人で将棋を指し続けられる。一般人なら「もう今日はいいでしょう」となるところでも、まだ指す。
こういう人たちがトップにいると考えると、恐ろしい世界です。
第19章 棋士の「感想戦」が実は一番すごい
将棋を知らない方にぜひ知ってほしい文化があります。それが、感想戦です。
対局が終わる。勝った。負けた。普通のスポーツなら試合終了です。
ところが将棋の場合、その直後、対戦相手と一緒に「ここはどうでしたか?」「この手なら?」「いや、そこでこれがあって……」と、たった今戦った将棋を検討します。
冷静に考えるとすごいことです。
数時間、場合によっては二日間全力で戦い、負けた側は悔しい。タイトルを失ったかもしれません。
それでも勝った相手と一緒に、どこが悪かったのかを検討する。
これは将棋独特の文化です。
仕事に置き換えると、会社の大型コンペで負けた直後、契約を取ったライバル会社に「今回、うちはどこが悪かったですか?」「この提案だったら勝てました?」と聞き、一緒に1時間反省会をするようなものです。
なかなかできません。
でも棋士はやります。なぜか。
次に強くなるためです。
第20章 棋士の記憶力がおかしい
プロ棋士のエピソードを聞いていると、驚くことがあります。
昔の対局について「あの局面は……」と言いながら、どんどん棋譜を再現していくのです。
もちろん全員がすべて記憶しているわけではありません。しかしトップ棋士ほど、大量の局面を覚えています。
一般人なら昨日の晩ご飯すら「あれ、何食べたっけ?」となることがあります。
ところが棋士は、何年も前の局面について詳しく語る。
脳の使い方が違うのでしょう。
ただし、将棋の記憶力がすごいからといって、日常生活のすべてを完璧に覚えているとは限りません。
専門家にはよくあります。自分の専門分野では異常な記憶力。しかし日常のちょっとしたことは普通。
重要なのは、何に注意を向け続けているかなのだと思います。
第21章 タイトル戦の封じ手という不思議な文化
将棋の面白い文化に、封じ手があります。
二日制タイトル戦では、1日目の終了時、次に指す側が自分の手を紙に書いて封印します。そして翌朝、その紙を開封して対局再開。
なぜこんなことをするのでしょうか。
1日目終了時に普通に盤面で指してしまうと、相手は夜の間、その手を見てずっと考えられます。それでは不公平です。
そこで、次の手を秘密にする。これが封じ手です。
今考えてもかなりアナログですが、そこがいい。AI全盛の時代でも、和室、将棋盤、駒、和服、封じ手という文化が残っています。
第22章 和服で何時間も正座する超人たち
タイトル戦では、和服を着る棋士も多いです。見る側からすると「かっこいい」となります。
しかし実際にやる側は大変です。
長時間座る。集中する。食事をする。また座る。考える。さらに二日目。そして終盤になると、一手間違えれば全部終わる。
見た目は静かですが、身体的にも精神的にもかなり過酷です。
まさに盤上スポーツという言葉が似合います。
第23章 1分将棋の世界
持ち時間を全部使うと、棋戦によっては1分将棋になります。一手を60秒以内に指さなければなりません。
これが恐ろしい。
何時間も考えてきた難しい局面。しかも終盤。王様が詰むかもしれない。その状態で60秒以内に決断しなければならないのです。
テレビで見ると、将棋が分からなくても緊張します。
トップ棋士は、わずかな時間で非常に多くの変化を読んでいます。これだけでも、プロ棋士が普通ではないことが分かります。
第24章 AIによって棋士は弱くなったのか?
現代将棋にはAIがあります。
「AIが強いなら棋士はいらないのでは?」と思う方もいるかもしれません。
むしろ逆です。
AIが登場したことで、人間の将棋はさらに進化しました。
AIは、人間が昔なら「そんな手はない」と思っていた手を示します。棋士がそれを調べ、意味を理解し、実戦で使う。さらに相手が対策する。
こうして将棋そのものが変わっていきます。
ただし、AIの最善手を丸暗記すれば最強というわけではありません。
なぜその手なのか。次に何を狙っているのか。相手が違う手を指したらどうするのか。
それを理解しなければ、実戦では使えません。
これは仕事でも同じです。AIに「この方法が最適です」と言われても、理由を理解していなければ応用できません。
プロ棋士は、AIの答えを覚えるだけではなく、AIの思考から新しい考え方を学んでいるのです。
第25章 棋士は「頭がいい人」ではなく「決断し続ける人」
棋士について調べていると、最終的に私はここに行き着きます。
棋士は単に頭がいい人ではありません。決断し続ける人なのです。
この手か、あの手か。安全に行くか、勝負するか。時間を使うか、早く指すか。攻めるか、受けるか。
すべて自分で決める。そして結果が出る。
だからこそ、棋士の考え方は仕事や人生にも参考になる部分が多いと思います。
第26章 棋士たちから学べること
升田幸三から学べるのは、既存の正解を疑うことです。
「去年この方法だったから今年も同じ」ではなく、「もっといい方法はないか」と考える。これが新手一生の精神です。
大山康晴から学べるのは、簡単に負けないことです。不利になったから終わりではありません。まだ何かできる。相手も人間であり、最後まで何が起こるか分からない。粘る力は、仕事でも人生でも重要です。
加藤一二三から学べるのは、好きなものを好きと言うことです。将棋が好き、クラシックが好き、猫が好き、食べることが好き。その「好き」が隠されずに伝わるから、多くの人から愛されたのだと思います。
谷川浩司から学べるのは、本質を一気に突く力。羽生善治から学べるのは、分からないものを面白がる姿勢。佐藤康光から学べるのは、常識から外れてみる勇気です。
森内俊之からは、派手でなくても実力を積み上げる大切さ。藤井猛からは、自分だけの武器を作ること。渡辺明からは、自分を客観的に見ること。永瀬拓矢からは、才能を言い訳にせず努力量を増やすこと。
そして藤井聡太から学べるのは、結果より成長を見る姿勢です。
タイトルを獲る。記録を更新する。ニュースになる。しかし本人が見ているのは、さらにその先にある「もっと良い将棋」です。
これこそ、長期的に成長する人の特徴なのかもしれません。
第27章 棋士は負ける回数がものすごく多い
プロ棋士は、当然ですが何度も負けています。
タイトル保持者でも負けます。羽生善治も、渡辺明も、藤井聡太も負けます。
ここは実はすごく大事です。
トップ棋士ですら、人生の中で何百回も「自分より相手の判断が正しかった」という結果を突きつけられています。
それでも次の対局へ行く。
将棋に絶対はありません。最強棋士でも負ける。だから次の対局を見たくなります。
もし最強棋士が100%勝つなら、誰も見なくなるでしょう。
人間は間違える。調子がある。作戦がある。相性もある。心理もある。
だから面白いのです。
第28章 昔の棋士と現代棋士はどちらがすごい?
将棋ファンの間で、時々出る話題があります。
大山康晴と藤井聡太ならどちらが強いのか。升田幸三と羽生善治なら。中原誠と渡辺明なら。
これは単純には比べられません。
現代棋士にはコンピューター、膨大な棋譜データ、最新研究があります。一方、昔の棋士はAIもデータベースもない状態で、自分たちで戦法を作りながら戦っていました。
環境がまったく違うのです。
もし「新手一生」の升田幸三が最新AIを使ったらどうなるのでしょうか。
AIの推奨手をただ覚えるのではなく、「なら、こっちはどうだ」とさらに新しいものを探しそうです。
逆に大山康晴なら、AIが不利判定を出した局面でも、人間が最も嫌がる手を探すかもしれません。
そう考えるだけでもワクワクします。
第29章 将棋界はキャラクターの宝庫
ここまで見てくると、同じプロ棋士でも全然違うことが分かります。
升田幸三は反骨の発明家。大山康晴は粘りの怪物。加藤一二三は情熱の天才。谷川浩司は美しき高速終盤。羽生善治は万能型の天才。森内俊之は鉄壁。佐藤康光は独創。藤井猛は戦法の発明家。渡辺明は現実派の勝負師。永瀬拓矢は努力の怪物。豊島将之は隙のない静かな強者。そして藤井聡太は新時代の天才。
同じゲームをしているとは思えないほど、個性が違います。
これこそ、将棋界の大きな魅力です。
第30章 初心者が将棋を見るなら「棋士を一人好きになる」と面白い
ここまで読んで、「でも将棋のルールをよく知らない」という方もいるでしょう。
大丈夫です。
最初から盤面を全部理解する必要はありません。まず、棋士を一人好きになる。これがおすすめです。
たとえば藤井聡太が気になる。
「今日勝った?」
そこから「誰と戦った?」「タイトル戦って何?」「王将と竜王ってどう違う?」「この戦法は何?」と、自然に将棋を覚えていきます。
野球を見る人全員が配球理論を完璧に理解しているわけではありません。サッカーを見る人全員が戦術を完全に説明できるわけでもありません。
でも、好きなチームや好きな選手がいる。
将棋も同じです。
「藤井さん頑張れ」「羽生さん勝ってほしい」「永瀬さん、またすごい研究してそう」「佐藤康光先生、今日は何を指すんだ?」
これで十分です。
そこから将棋そのものが分かってくると、さらに面白くなります。
第31章 将棋棋士のすごさは「人生を一局に賭けられること」
棋士について調べれば調べるほど、最後に感じるのは頭の良さより、覚悟のすごさです。
幼い頃から将棋を指し、奨励会へ入り、昇級、昇段、三段リーグ、プロ入り、順位戦、タイトル戦と進んでいく。
勝つ。負ける。研究する。また対局する。
これを何十年も続けます。
特に棋士になるための奨励会は非常に厳しい世界です。
子どもの頃、地元では敵なし。大会でも優勝。「天才だ」と言われた子が奨励会へ行く。
すると、周りも全員天才。
そこからさらに勝ち続けなければなりません。
プロになる直前の三段リーグまで来ている時点で、普通なら十分すぎるほどの天才です。しかし、そこから四段へ昇段し、正式なプロ棋士になれる人数は限られています。
全員が人生を懸けている。その中で勝ち上がった人だけが、私たちがテレビやネットで見るプロ棋士なのです。
第32章 だから棋士の面白エピソードは面白い
棋士の面白エピソードが魅力的なのは、単に変わった人が多いからではありません。
ものすごく厳しい世界を生きている人が、日常では意外な一面を見せる。だから面白いのです。
加藤一二三が食事にこだわる。羽生善治の寝癖。渡辺明の日常。藤井聡太の鉄道好き。
こうした話の裏側には、盤上で限界まで頭を使って勝負している棋士の姿があります。
そのギャップが、人を惹きつけるのでしょう。
第33章 将棋は「人間を見るゲーム」なのかもしれない
AIが強くなった現在、最も正確な将棋だけを見たいなら、AI同士を戦わせればいいのかもしれません。
それでも多くの人が、人間同士の対局を見ます。
藤井聡太対伊藤匠。藤井聡太対永瀬拓矢。羽生善治の対局。渡辺明の対局。
なぜでしょうか。
私は、人間が戦っているからだと思います。
緊張する。迷う。間違える。後悔する。逆転する。喜ぶ。負けて悔しがる。そして、また強くなる。
ここにドラマがあります。
まとめ 将棋棋士は「天才」よりも「人間」として見るともっと面白い
今回は、将棋棋士の面白いエピソードや人物像についてまとめてみました。
升田幸三の「新手一生」。大山康晴の粘り。加藤一二三の圧倒的な個性。谷川浩司の光速の寄せ。羽生善治の羽生マジック。森内俊之の鉄板流。佐藤康光の独創的すぎる将棋。藤井猛の藤井システム。渡辺明の人間味。永瀬拓矢の異常なまでの努力。豊島将之の隙のない強さ。そして藤井聡太の歴史を更新し続ける才能。
こうして並べてみると、棋士という人たちは単に「将棋が強い人」ではありません。一人一人、まったく違う人生哲学を持っています。
将棋は81マスの盤と駒という、非常に限られた世界です。しかし、その81マスの中に性格が出ます。人生が出ます。考え方が出ます。
攻める人。守る人。新しい道を作る人。徹底的に努力する人。直感を信じる人。最後まで諦めない人。
だから、何百年経っても将棋は面白いのでしょう。
棋士について知れば、対局を見る楽しみ方も変わります。
「あ、これは大山先生らしい」「これは佐藤康光先生っぽい」「永瀬先生ならまだ諦めなさそう」「藤井聡太先生はここから何を読むんだろう」
盤面だけだった将棋に、人間ドラマが見えてきます。
これこそ、棋士を知る最大の面白さなのではないでしょうか。
私自身、棋士について調べれば調べるほど、将棋というゲームだけではなく、棋士という人間そのものに興味が出てきます。
勝ち続ける天才も面白い。負けても立ち上がる棋士も面白い。新しい戦法を作る棋士も面白い。何十年も同じ世界で戦い続ける棋士も面白い。
そして時代が変われば、また新しい天才が現れます。
升田幸三、大山康晴、中原誠、谷川浩司、羽生善治、渡辺明、藤井聡太。
一人の絶対王者が永遠に続くのではなく、次の世代が前の世代へ挑戦する。その繰り返しによって、将棋の歴史は作られてきました。
これから先、藤井聡太を追う新しい天才が出てくるかもしれません。今まで誰も考えなかった戦法を生み出す棋士が現れるかもしれません。AIによって、将棋そのものがさらに変わるかもしれません。
だからこそ、これからも将棋界から目が離せません。
将棋にあまり興味がなかった方も、まずは気になる棋士を一人見つけてみてください。その棋士の人生を知り、実際の対局を一局見てみる。
すると、ただ駒を動かしているだけに見えた81マスの盤が、少しずつ違って見えてくると思います。
将棋とは、81マスの上で繰り広げられる「人間ドラマ」なのかもしれません。



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