どうも、ミギーです。
「藤井先生」と聞いて、まず思い浮かぶのは間違いなく藤井聡太名人でしょう。将棋界の歴史を塗り替え続ける現代の絶対王者ですから、それも当然です。
でも実は将棋界には、もうひとり「藤井先生」と呼ばれ、多くの将棋ファンから長年愛され続けている棋士がいます。
それが、今回ご紹介する藤井猛九段です。
四間飛車のスペシャリストとして将棋界に革命を起こし、一時代を築いた実力者でありながら、対局の大盤解説では軽妙なトークでファンを爆笑させる、そんな二面性を持った棋士です。
将棋を知らない方でも楽しく読めるように、藤井猛九段の経歴から代表戦法「藤井システム」、数々の名言、そして令和の今も愛され続ける解説者としての一面まで、じっくりと掘り下げていきたいと思います。

目次
- 藤井猛九段のプロフィールと経歴
- 革命の戦法「藤井システム」を徹底解説
- 竜王獲得ドラマ:谷川浩司竜王を4-0で撃破
- 藤井矢倉・角交換四間飛車:もう一つの独創性
- 「ガジガジ流」と終盤のファンタジスタ
- 藤井猛の名言集:鰻屋の矜持
- 解説者・藤井猛の魅力:なぜファンから愛されるのか
- 「じゃない方」問題:藤井聡太との違い
- 『3月のライオン』辻井武史九段のモデルとしての藤井猛
- 藤井システムを学べるおすすめ書籍
- まとめ:将棋界のレジェンドが今も現役である理由
第1章 藤井猛九段のプロフィールと経歴
基本プロフィール
まずは藤井猛九段の基本情報から見ていきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 藤井猛(ふじい たけし) |
| 生年月日 | 1970年9月29日 |
| 出身地 | 群馬県沼田市 |
| 師匠 | 西村一義九段 |
| 棋士番号 | 198 |
| 段位 | 九段 |
| 棋風 | 振り飛車党(四間飛車のスペシャリスト) |
| 主な実績 | 竜王(3期・3連覇)、升田幸三賞(2回受賞) |
| ニックネーム | ガジガジ流、終盤のファンタジスタ、鰻屋 |
藤井猛九段は1970年9月29日生まれで、群馬県沼田市出身の将棋棋士です。師匠は西村一義九段、棋士番号は198番。振り飛車党の中でも特に四間飛車にこだわり続け、将棋界に一世を風靡した新戦法「藤井システム」を開発したことで知られています。
いわゆる「羽生世代」——羽生善治九段、森内俊之九段、佐藤康光九段、丸山忠久九段らと同世代の強豪棋士の一人に数えられています。ただし、同世代の中でもプロ入りはやや遅めでした。
棋士になるまでの道のり
藤井九段の将棋との出会いは、決して「神童」タイプではありませんでした。将棋のルールを覚えたのは小学校4年生の頃、将棋の面白さが本当にわかったのは小学6年から中学1年の頃だったと本人が語っています。今をときめく若手棋士たちが5〜6歳で将棋を覚えるケースが多いことを考えると、決して早熟な部類ではなかったことがわかります。
さらに奨励会の試験に一度落ちてしまうという挫折も経験し、その後研修会から編入する形で1986年に奨励会へ入会しました。入会後は苦労を重ね、5年をかけて1991年に四段昇段(プロ入り)を果たしています。これは羽生世代の中でもやや遅れての昇段でした。
しかし、遅れて花開いたぶん、その後の活躍は目覚ましいものでした。1996年度から1997年度にかけて新人棋戦で3度優勝を果たし、着実に実力をつけていきます。そして1998年、ついに将棋界を揺るがす大事件が起こります。竜王戦での快進撃です。この詳細は第3章でじっくりお伝えします。
タイトル獲得後のキャリア
竜王を3連覇したあとも、藤井九段は独創的な将棋を追求し続けます。
- 1999年:早指し選手権優勝
- 2001年:A級順位戦昇級
- 2012年:角交換四間飛車で升田幸三賞を再受賞(2度目)
- 2012年:日本将棋連盟非常勤理事に就任
- 2016年:銀河戦(一般棋戦)で優勝
- 1999年:将棋の功績が認められ、沼田市民栄誉賞を受賞
一時代を築いたあとも研究を止めず、常に新しい戦法にチャレンジし続ける姿勢は、多くの後輩棋士からもリスペクトされています。序盤の独創的かつ論理的な構想力と研究の質は棋界でもトップクラスと評価されており、竜王獲得の原動力となった藤井システムは将棋の序盤戦略全体に革命的な影響を与えました。
そして注目すべきは、特別賞を除く升田幸三賞を2度受賞している棋士は、藤井猛・佐藤康光・青野照市・千田翔太のわずか4人しかいないという事実です。升田幸三賞とは、その年度に登場した新しい戦法や手法のうち、もっとも創造的だったものに贈られる名誉ある賞。これを2度受賞しているというだけで、藤井九段がいかに将棋界に新しい風を吹き込み続けてきたかがわかります。
現在も現役バリバリの九段
2026年現在も、藤井九段は第一線の対局に加え、大盤解説会や中継のゲスト解説者として非常に精力的に活動しています。後述しますが、藤井聡太名人のタイトル戦の解説を務める機会も多く、令和の将棋ファンにも広く親しまれる存在であり続けています。
第2章 革命の戦法「藤井システム」を徹底解説
藤井システムとは何か
将棋を指さない方にもわかるように、まずは大前提から説明します。将棋には大きく分けて「居飛車」と「振り飛車」という2つの戦法グループがあります。
- 居飛車:飛車を初期位置(右側)に置いたまま戦う、オーソドックスなスタイル
- 振り飛車:飛車を左側へ振って戦う、機動力や捌きを重視するスタイル
藤井猛九段は生涯を通じて振り飛車、その中でも特に「四間飛車」という戦法にこだわり続けた棋士です。
そして1990年代後半、居飛車側に「居飛車穴熊」という非常に堅い囲いが大流行し、振り飛車党は苦しい時代を迎えていました。穴熊は玉将を盤の隅に完全に囲ってしまう戦法で、attackされてもなかなか崩れません。あまりの堅さに、振り飛車をやめてしまう棋士も出るほどの猛威を振るっていました。
この苦境を打開するために藤井九段が生み出したのが「藤井システム」です。
藤井システムとは、藤井猛九段が独自に開発した、天守閣美濃と居飛車穴熊に対抗するための四間飛車の序盤戦術の総称です。大きく分けて、天守閣美濃に対する「対左美濃藤井システム」と、居飛車穴熊に対する「対穴熊藤井システム」の2種類が存在します。
なぜ「戦法」ではなく「システム」と呼ばれるのか
ここが藤井システムの最大の特徴であり、面白いポイントです。
従来の振り飛車は、まず玉将を美濃囲いという型に囲ってから戦いを組み立てるのが常識でした。ところが藤井システムは、王様を囲う前の「居玉」(玉が動いていない状態)のまま、飛車・角・銀・桂・香を駆使して急戦を仕掛けていくという、当時の将棋の常識をひっくり返す発想の戦法でした。
将棋には古くから「居玉は避けよ」という格言があります。玉を囲わずに戦うのは危険だ、というのは将棋を指す人なら誰もが叩き込まれる基本のセオリーです。藤井システムはその格言に真っ向から反する指し方であり、だからこそ登場した当時は「将棋界の革命」とまで言われました。
さらに重要なのは、藤井システムには決まった駒組みの「型」が存在しないという点です。相手の攻め方(天守閣美濃なのか、穴熊なのか、その途中で囲いを変えてくるのか)に応じて、盤上の駒の働き全体が柔軟に変化していきます。だからこそ「◯◯囲い」や「◯◯戦法」という固有の名称ではなく、「藤井システム」という抽象的な「システム」の名で呼ばれるようになったのです。
藤井システムの2つのバリエーション
具体的な流れを簡単に整理すると、次のようになります。
| 種類 | 対象 | 特徴 |
|---|---|---|
| 対左美濃藤井システム | 天守閣美濃 | 先に発見され、有名になったバリエーション |
| 対穴熊藤井システム | 居飛車穴熊 | 穴熊対策として体系化が進んだバリエーション |
興味深いことに、対左美濃藤井システムの基本的な布陣自体は、杉本昌隆七段が奨励会時代にすでに指していたともいわれており、藤井九段の完全なオリジナルというわけではありませんでした。しかしその萌芽をあらゆる変化まで体系化し、いくつもの有力な新手を編み出して、一つの確立した戦法にまで昇華させたのが藤井九段の功績でした。ちなみに杉本昌隆七段といえば、あの藤井聡太名人の師匠にあたる人物。将棋界の縁の深さを感じるエピソードです。

「居玉のまま攻める」って、将棋をやったことがある人ほどゾッとすると思います。私も将棋ウォーズで格言を無視して居玉のまま攻めて、返り討ちにあった経験が何度もあります(笑)。それを理論として体系化し、実戦で結果を出してしまう発想力がとにかくすごいんですよね。
「新藤井システム」への進化
藤井システムは登場後、対策が徹底的に研究されるようになり、一時期は苦戦を強いられる時代もありました。しかし藤井九段はそこで終わらず、研究を重ねて改良版ともいえる「新藤井システム」を作り上げていきます。自身の代表作が攻略されても、そこからさらに研究を重ねて進化させ続ける——このしぶとさこそが、藤井九段の真骨頂といえるでしょう。
実際、居飛車の代表格である矢倉戦法についても、脇システムと片矢倉(天野矢倉)を組み合わせた独自の駒組み「藤井流早囲い」から先行を目指す積極的な指し回しを確立し、その年度のうちに森内俊之九段や佐藤康光九段といったトップ棋士たちが同様の指し方を採用するなど、将棋界全体に大きな影響を与えました。
そして2009年頃からは、さらに「振り飛車には角交換」という将棋の格言をも覆す「角交換四間飛車」の研究に着手します。試行錯誤と失敗を繰り返しながらも一つの戦法として確立させ、これが2011年・2012年の王位戦での活躍の原動力となりました。この功績によって、藤井九段は2012年度に2度目の升田幸三賞を受賞することになります。
一つの戦法を極めて満足するのではなく、常に将棋の常識そのものを疑い続ける——これこそが藤井猛という棋士の本質なのかもしれません。
第3章 竜王獲得ドラマ:谷川浩司竜王を4-0で撃破
挑戦者決定までの快進撃
藤井システムという武器を手にした藤井九段は、1998年の第11期竜王戦で伝説的な快進撃を見せます。
当時の藤井猛七段は、なんと4組ランキング戦からスタートして、勝ち上がりに勝ち上がりを重ねて挑戦者の座までたどり着きました。竜王戦は将棋界の中でも参加者が非常に多い棋戦で、下のクラスから挑戦者の座を掴み取ること自体が非常に大きな快挙です。
谷川浩司竜王とのタイトル戦
挑戦者決定戦を勝ち上がった藤井七段が挑んだ相手は、当時の竜王・谷川浩司九段。「光速の寄せ」の異名を持つ、押しも押されもせぬ将棋界のレジェンドです。
しかし藤井七段は、この大一番で自身の代名詞である藤井システムを存分に発揮します。第1局からいきなり藤井システムを繰り出し、谷川竜王を圧倒する内容を見せました。そして最終的に、谷川竜王を4連勝のストレートで下し、見事タイトル奪取を果たしたのです。
奨励会試験に一度落ち、プロ入りも同世代よりやや遅れた棋士が、自ら開発した独創的な戦法一本でタイトル戦を制する——このドラマチックな展開は、当時の将棋ファンを大いに沸かせました。
竜王戦3連覇の記録
竜王を獲得した藤井九段は、その後もタイトルを守り続けます。
- 1998年:谷川浩司竜王を4-0で撃破し、竜王獲得(第1期)
- 1999年:鈴木大介八段の挑戦を退け、竜王防衛(第2期)
- 2000年:羽生善治九段の挑戦を退け、竜王防衛(第3期)
竜王戦を3連覇し、羽生善治九段とも死闘を繰り広げました。羽生世代の中でも屈指の実力者である羽生九段を相手に防衛を果たしたという事実は、藤井システムが単なる奇襲戦法ではなく、トップレベルで通用する本物の戦略であったことを証明しています。
竜王在位中の藤井九段は、まさに将棋界の頂点に立った棋士でした。この竜王3連覇の実績があったからこそ、その後長く「藤井先生」として多くのファンに敬意を持って呼ばれ続けているのです。

タイトル戦4連勝ストレートって、将棋を知らない人からするとピンと来ないかもしれませんが、プロ同士の七番勝負(あるいは五番勝負)で一方的に勝ち切るのは相当なことです。しかも相手はあの「光速の寄せ」谷川浩司先生ですからね。当時の衝撃は計り知れなかったと思います。
第4章 藤井矢倉・角交換四間飛車:もう一つの独創性
原稿にもあったとおり、藤井九段の独創性は振り飛車の分野だけにとどまりません。
藤井矢倉
藤井九段は相居飛車の急戦における「片矢倉」の有用性を提唱し、これを一つの戦法として確立させました。これが通称「藤井矢倉」です。四間飛車のスペシャリストというイメージが強い藤井九段ですが、実は居飛車の分野、それも将棋の花形戦法である矢倉においても新しい構想を発揮しているのです。
先述のとおり、脇システムと片矢倉(天野矢倉)を組み合わせた「藤井流早囲い」から積極的に先行を目指す指し回しは、2008年頃から採用が増え、当時の将棋界で大きな話題となりました。振り飛車一辺倒ではなく、居飛車の戦場でも新機軸を打ち出せるところに、藤井九段の序盤研究者としての底力がうかがえます。
角交換四間飛車
もう一つの代表作が「角交換四間飛車」です。
将棋には「振り飛車には角交換」という格言があり、振り飛車側から積極的に角交換に応じるのはリスクが高いとされてきました。藤井九段はこの常識にもあえて挑戦し、角交換をむしろ主体的に取り入れる新しい振り飛車のスタイルを作り上げます。
2009年頃から研究を重ね、試行錯誤を繰り返しながらも戦法として確立させたこの角交換四間飛車は、2011年・2012年の王位戦での活躍の原動力となり、2012年度の升田幸三賞受賞という形で結実しました。
藤井システム・藤井矢倉・角交換四間飛車——生涯にわたって将棋の常識を塗り替え続けてきたことこそが、藤井猛九段という棋士を語るうえで欠かせない最大の魅力です。
| 開発した戦法 | ジャンル | 特徴 |
|---|---|---|
| 藤井システム | 振り飛車(四間飛車) | 居飛車穴熊・天守閣美濃対策の急戦システム |
| 藤井矢倉 | 居飛車(矢倉) | 片矢倉を活かした積極的な早囲い |
| 角交換四間飛車 | 振り飛車 | 「振り飛車には角交換」の格言を覆す新戦術 |
第5章 「ガジガジ流」と終盤のファンタジスタ
大駒を切って喰らいつくスタイル
藤井九段の魅力は、序盤の独創性だけではありません。終盤の指し回しにも非常に強烈な個性があります。
終盤において大胆に大駒(飛車や角)を切り、露骨に相手玉に喰らいつく棋風から「ガジガジ流」というニックネームがつけられています。原稿にもあった通り、どんなに形勢が一方に傾いていても最後まで目が離せない、まさに「終盤のファンタジスタ」と呼ぶにふさわしいスタイルです。
珍手・奇手・鬼手・悪手が飛び出す様子から、将棋ファンの間ではしばしばネタとして扱われ、藤井九段本人もそれを自虐ネタとして使うことがあります。強豪棋士でありながら、こうした人間味のある一面を隠さないところも、長年愛され続ける理由の一つでしょう。
「激辛三兄弟」の異名
勝負に対してシビアであると評されることもあり、一時期は丸山忠久九段・森内俊之九段とあわせて「激辛三兄弟」と称されていました。派手な終盤のイメージとは裏腹に、勝負師としての厳しさも兼ね備えているというギャップも、藤井九段の奥深いところです。
終盤力を裏付ける実績
「ガジガジ流」というと、やや危なっかしい終盤を連想するかもしれませんが、実際には数々の重要な勝負を制してきた実力の裏付けがあるスタイルです。竜王3連覇はもちろん、2002年度・2005年度の将棋日本シリーズ優勝など、要所要所で勝ち切る強さを見せています。
序盤で独創的なアイデアを仕込み、終盤で大駒を切って一気に押し切る——このコントラストこそが、藤井九段の将棋が「観る将」にも人気な理由です。棋譜を並べているだけで、ハラハラドキドキするストーリー性を感じられるのです。

第6章 藤井猛の名言集:鰻屋の矜持
藤井猛九段は、将棋の内容だけでなく、そのユーモラスで含蓄のある発言でも有名です。ここでは代表的な名言をいくつかご紹介します。
鰻屋の矜持
もっとも有名な名言の一つが、四間飛車という戦法へのこだわりを語ったこのフレーズです。
「サッカーに喩えるなら、キーパーもが攻撃に参加するような画期的な戦術」とも評された藤井システムを生み出し、羽生善治・谷川浩司という将棋界の二大巨頭を撃破した藤井九段ですが、その後藤井システムがライバル棋士たちに徹底的に研究・対策され、苦戦する時代を経験します。
それでも戦法を変えず、四間飛車一筋で戦い続ける姿勢を、原稿にもあった通り「うちは鰻しか出さない鰻屋だからね。ファミレスの鰻に負けるわけにはいかない」という言葉で表現しました。にわか四間飛車党が結果を出すことへの複雑な思いを、ユーモアたっぷりに語った名言として、今も多くの将棋ファンに語り継がれています。
千日手にまつわる名言
対局中の粘り強さを語った言葉として、「宿題にします」と言って千日手に持ち込み、後手番であらためて戦い直すという趣旨の発言も有名です。一度の対局にすべてを懸けるのではなく、長期的な視点で結果を出しにいく——このしたたかさもまた、藤井九段らしい勝負哲学といえます。
「優秀かどうかより、楽しいかどうか」
もう一つ印象的なのが、周囲から「ゴキゲン中飛車は優秀なのに、なぜ指さないのか」とアドバイスされたときのエピソードです。藤井九段は「こっちは優秀かどうかで戦法を選んでいない。指していて楽しいかどうかなんだから。いい悪いは二の次」という趣旨の発言をしたと伝えられています。
勝率や評価値だけでなく、「自分が指していて楽しいかどうか」を大切にする姿勢は、AI時代の将棋論とは一線を画す、非常に人間味のある考え方です。効率や最適解が重視されがちな現代だからこそ、こうした価値観に共感するファンも多いのではないでしょうか。
これらの語録は「鰻屋本舗」という藤井猛九段公認の応援サイトでも数多くまとめられており、Twitter(現X)でも藤井語録botのアカウントが多くのファンから支持を集めています。名言の宝庫といえる棋士は、将棋界広しといえどもそう多くはありません。

私が一番好きなのは「楽しいかどうかなんだから」という言葉です。効率一辺倒になりがちな現代において、こういう哲学を持ったプロがいることに、なんだかホッとさせられます。
第7章 解説者・藤井猛の魅力:なぜファンから愛されるのか
軽妙なトークで観客を沸かせる大盤解説
タイトル獲得者としての実績はもちろんですが、藤井九段の現在の代名詞ともいえる活動が「解説者」としての姿です。
解説でもユーモラスな調子で観客を笑わせることがあり、将棋界のやや堅苦しく暗いイメージを払拭したとも評価されています。難解な盤面の解説を、専門用語を並べるだけでなく、笑いを交えながら分かりやすく語る話術は、多くの将棋ファンから絶大な支持を得ています。原稿にあった通り、「藤井テンテー(先生)」「ファンタ」という愛称で親しまれているのも、この人柄によるものです。
藤井聡太名人のタイトル戦でも引っ張りだこ
近年特に注目したいのが、藤井聡太名人の対局における解説を務める機会が非常に多いという点です。実際、YouTubeで配信される将棋の大盤解説には、藤井猛九段が解説者として登場する動画が数多く公開されています。同姓であるにもかかわらず(あるいは、だからこそ)藤井聡太名人の対局にゲスト解説として招かれ、独自の視点で盤面を語る姿は、令和の将棋ファンにも新鮮な人気を集めています。
タイトル戦の現地大盤解説会や、囲碁・将棋チャンネルでの生放送、YouTubeでのアーカイブ配信など、活躍の場は多岐にわたります。将棋AIによる評価値解析が当たり前になった現代の将棋中継においても、藤井九段の「人間らしい」語り口は、無機質になりがちな解説に温かみを与える存在として重宝されています。
eスポーツ的なチャレンジも
原稿にもあった通り、藤井九段は将棋だけの人ではありません。2019年には「ミューツーHR争奪戦」という競技イベントの1stバトルで優勝するなど、ポケモンをはじめとした対戦ゲームにも造詣が深い、非常に幅広い一面を持った棋士です。真剣勝負を愛する性分は、将棋盤の外でも変わらないようです。
こうした親しみやすいキャラクターの積み重ねが、単なる「タイトルを獲ったことのある元竜王」ではなく、令和になった今も第一線で愛され続ける「藤井先生」というポジションを作り上げているのです。
第8章 「じゃない方」問題:藤井聡太との違い
同姓であることのややこしさ
ここ数年、藤井猛九段について語るうえで避けて通れないのが、藤井聡太名人との「同姓問題」です。
藤井聡太名人がタイトルを総なめにし、将棋界のみならず社会全体で注目される存在になったことで、「藤井」という名前を聞くと多くの人が真っ先に藤井聡太名人を思い浮かべるようになりました。将棋ファンの間では、藤井猛九段のことを段位や実績にちなんで「F9」、あるいはインターネット上で親しみを込めて(時に自虐的に)「じゃない方の藤井」と呼ぶこともあります。
こうした事情から、藤井猛九段自身を指して「藤井システムを作った方の藤井」「システム藤井」という呼び方をされることもあります。決して不名誉な扱いというわけではなく、むしろ将棋ファンの間での親しみの表れといえるでしょう。
それぞれ異なる魅力を持つ2人の「藤井」
もちろん、藤井猛九段と藤井聡太名人はまったくの別人であり、世代も棋風もキャリアもまったく異なります。藤井猛九段は1970年生まれで「羽生世代」、一方の藤井聡太名人は2002年生まれの令和の絶対王者。年齢差は30歳以上あります。
- 藤井猛九段:独創的な序盤研究で将棋界に革命を起こした「藤井システム」の生みの親。竜王3連覇の実績を持つ、羽生世代を代表する一人。現在は解説者としても絶大な人気。
- 藤井聡太名人:史上最年少でタイトルを獲得し、数々の記録を塗り替え続けている令和最強の棋士。
面白いことに、藤井猛九段は現在、藤井聡太名人の対局の解説者としてしばしば登場します。かつて将棋界に革命を起こした「藤井先生」が、今度は新たな時代を作っている「藤井先生」の対局を解説する——この構図自体が、将棋の歴史の連続性を感じさせる、とても味わい深い光景です。

「じゃない方」なんて呼び方をされていますが、私からするとどちらも紛れもない「レジェンド」です。藤井システムがなければ、その後の振り飛車研究の発展も違った形になっていたはずですし、将棋界に果たした功績の大きさは同姓とか世代とか関係なく、しっかり語り継がれるべきだと思います。
第9章 『3月のライオン』辻井武史九段のモデルとしての藤井猛
将棋を題材にした人気マンガ『3月のライオン』(羽海野チカ作)をご存じの方も多いと思います。この作品に登場する魅力的なキャラクター、辻井武史九段について、藤井猛九段がモデルとして知られています。
独創的な発想と勝負師としての矜持を持ちながら、どこか人間味あふれるキャラクター性は、まさに藤井九段自身のパーソナリティを反映したものといえるでしょう。作品を通じて藤井九段の魅力に触れ、実際の将棋観戦やインタビューにも興味を持つようになったというファンも少なくありません。フィクションのキャラクターを通して、現実の棋士の生き様が多くの人に伝わっているというのも、非常に興味深い現象です。
ちょっとしたトリビア:名前の由来
余談ですが、「猛」という名前は、プロボクシングの元世界チャンピオンである藤猛(ふじ たけし)にちなんで名付けられたといわれています。強さを願って名付けられた名前を持つ棋士が、実際に将棋界のトップに上り詰めたというのも、なんだか運命的なものを感じさせるエピソードです。
ちなみに好きな食べ物はうどん、苦手な食べ物は納豆と梅干しとのこと。豪快な終盤のイメージとは裏腹に、こういった素朴な一面も親しみやすさにつながっているのかもしれません。
第10章 藤井システムを学べるおすすめ書籍
原稿でも触れられていた通り、藤井九段の四間飛車を指しこなすための書籍は、実戦形式の問題を通じて学べる非常に実用的な内容となっています。ここでは、四間飛車・藤井システムを学びたい方向けに、代表的な著書をご紹介します。
藤井九段は1997年6月に「藤井システム―升田幸三賞受賞戦法」(毎日コミュニケーションズ)を、同年8月には「居飛車穴熊撃破―必殺藤井システム」(日本将棋連盟)を出版しています。さらに近年では、2017年12月に浅川書房から新著『四間飛車上達法』も発売されました。
四間飛車の考え方の基礎から藤井システムの応用まで、時代を超えて学べる名著が揃っています。「なんとなく振り飛車を指しているけど、居飛車穴熊にいつも負けてしまう」という初級〜中級の将棋ファンの方には、特におすすめできる一冊です。
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ちなみに私が将棋を始めたときは、棒銀→四間飛車→右四間飛車という順番で指していました。四間飛車はやっぱりかっこよくて、よく指していましたね(笑)。藤井先生の活躍を、これからも応援していきたいと思います。
まとめ:将棋界のレジェンドが今も現役である理由
ここまで、藤井猛九段の経歴、代表戦法「藤井システム」、竜王3連覇のドラマ、独創的な棋風「ガジガジ流」、数々の名言、そして現在の解説者としての活躍まで、幅広くご紹介してきました。
改めて振り返ると、藤井猛九段という棋士の魅力は、単に「昔強かったタイトルホルダー」という枠には収まりません。
- 居玉のまま急戦を仕掛けるという、将棋の常識をひっくり返した「藤井システム」の生みの親
- 谷川浩司竜王をストレートで撃破し、羽生善治九段からも防衛を果たした竜王3連覇の実力者
- 升田幸三賞を2度受賞するという、将棋界でもわずか4人しか達成していない独創性の証
- 「ガジガジ流」と呼ばれる、終盤のハラハラする指し回し
- 「鰻しか出さない鰻屋」に代表される、ユーモアと矜持にあふれた名言の数々
- 令和の今も藤井聡太名人の対局解説を務め、新たな世代のファンからも愛される存在
将棋の常識を何度も塗り替えながら、勝負師としての厳しさとユーモラスな人間味を両立させてきた藤井猛九段。これからも「藤井先生」の一人として、盤上でも解説席でも、その独創性とファンを楽しませる姿勢を発揮し続けてくれることでしょう。
将棋観戦がまだ「難しそう」と感じている方も、まずは藤井猛九段が登場する大盤解説の動画から見てみるのはいかがでしょうか。専門的な手筋がわからなくても、その語り口だけで十分に楽しめるはずです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。ミギーでした。




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